佐藤くんは甘くない



ゆっくりと、儚く照らしていた光が雲に覆われていく。あたりが暗くなっていく。そして、厚い雲に覆われていた月がようやく、顔を見せだしたその時だった。


『あなたにだったら、殺されても構わないわ』


彼女は、にっこりと優しげな笑みを浮かべる。


『躊躇なく、私を殺してほしい』


『……』


『私を、助けて』


その言葉は、まだ剣士と腹黒姫が出会ったばかりのころ、追いつめられる彼女が剣士に向かって言い放った言葉と、全く同じだった。

けれど、その意味はまったくの別物だと、剣士はわかっていた。

何も返す言葉が出なくて、剣士はただ彼女を見つめたまま、手を握りしめるしか、できなかった。


『ねえ、もう一つ、命令、してもいいかしら』

『……なんなりと』


すっと、剣士が跪く。


『私の本当の名前は───白雪。どうか、その名で呼んでほしい』

『……しら、ゆき』

ぎこちなく彼女の名前を呼ぶ、剣士に彼女は今までにないほどの柔らかな笑みのまま、震える声で言う。



『もう、誰も呼んでくれないと思っていたの。



 ……本当に、ありがとう』


それは、近い未来起こるだろう別れの余韻を残して、闇夜に消えていった。