早苗さんの知人なのですが、つい最近訃報を聞いたのでやってきました、と結城が言うとその人は案外あっさりと家に通してくれた。
足で床を踏むたび、きし、と響き渡る廊下を通って、居間へと案内された。
「どうぞ、くつろいでください。今お茶入れますから」
おずおずと、襖の敷居の前で戸惑っていた俺達に、優しく笑いかけるとその人は、すうっと奥の方へ消えていく。
「……座りましょうか」
「…………うん」
一人でご飯を食べるには、十分すぎるくらい大きなこたつに座る。そして、ゆっくりと部屋を見回した。
テレビ、新聞紙、雑誌、萎れかけている観葉植物、古そうな鳩時計、こたつの真ん中に置かれた茶菓子。
……お母さんは、ここで───あの人と、俺の知らない11年間を過ごしたんだ。
なぜだか、途端に怖くなった。
あれほど、心に決めて逃げないことを決心したはずなのに、揺れ動いてしまう。膝の上に置いた手に、力が入る。
例え、お母さんがどれだけ俺のことを、憎んでいようともすべてを知ろうって決めたんだ。だから、逃げるわけにはいかない。
もう、見たくないものから目を逸らす自分に戻らない。
「……佐藤くん」
結城が、俺の名前を呼ぶ。
それは、おそらく自分が震えていることに、情けないくらいに、震えていることに気付いたから。