飯島が言った。

「高田、今の話は忘れろ」

「え?」

「黒木がグラス・ジョーかも知れないって事を忘れるんだ。……清水も、他の奴には言うんじゃないぞ」

「どうしてですか?」

「かも知れないっていう希望的な予想は、ろくな事にならないからな。お前だって、去年の新人戦で痛い目にあっただろ?」

「……そうですね。相手のボディーが弱い筈だと思い込んで、ボディー攻撃にいったら、相手の距離で戦って判定負けになりましたからね」

「ボディーを狙うと距離が近くなるからな」

「相手は前の二つの大会で、ボディー攻撃を食らってストップされてたから、俺もかっこよくボディーで仕留めてやろうと思っちゃったんですよね」

 清水は頭を掻いた。


「とかく人間は自分に甘いからさ。自分にいい情報は、都合よく『かも』から『筈』になり易いんだよ。……まぁ、俺も含めてだけどな」

 飯島が話し終わった時、第一ラウンドの終了ゴングが鳴った。

 両者は共に有効打が無かったようである。