臆病者達のボクシング奮闘記(第四話)

 これは空振りに終わったが、大崎はバランスを崩さず、上半身を左に捻ったまま重心を落として静止している。

 相手が反撃しようと踏み込んだ時、大崎は後ろへ跳びなから左フックを放った。

 僅かに届かず空を切ったが、一ラウンド目と違って力んではいない。練習で打っていたシャープなパンチだ。


「ようやく力みも取れたようだな」

 飯島はニヤリとしながら呟いた。

 すると清水が話し掛けた。

「今のは先生が教えたんですよね?」

「まぁな。……ただ、アイツはスパーで使う時が無かったから、まだ慣れてはいないんだがな」

「リラックスする為に、わざと空振りするのは誰も思い付かないですよ。……先生のセコい技術は、他に教えてるんですか?」

「……他のはまだ教えてないぞ」

「クリンチワークや泥試合の戦い方は、早目に教えた方がいいですよ。……強敵になれば、使わざるをえない時があるんですからね」

「セコいボクシングが一番出来るお前の忠告だからな。有難く聞いておくよ」

 二人は真顔で話し合っていた。