【やさしい夜】
夜。
渚は2階の自分の部屋に引っ込んだまま下りてこなかった。それに明け方に出勤した愛さんも、眠る時刻になっても勤務先の病院から帰ってこなかった。
「急患が入ったりするとさ、なかなか勤務表通りには帰れなくなるんだよ。泊りになることだってザラだし」
しばらく居間で愛さんの帰りを待っていたあたしに荒野さんはそう言った後、「姉貴のこと心配してくれてありがとう」と笑顔で言ってくれた。
たしかに帰りが遅いのが心配だったのもあるけれど、それ以上に部屋にひとりぼっちで眠ることが心細かった。
でもどうやら愛さんは泊まり勤務になってしまったみたいなので、仕方なく愛さんの部屋に行き、照明を落として敷いたお布団に横たわった。けど眠気はやってこない。
昨日の夜もなかなか寝付けなかったけど、昨日は隣に愛さんがいてくれた。今夜は愛さんがいないことが、思ってもみないほど心許なかった。
あたしと愛さんが初めて会ったのは、あたしが中学1年で生徒会執行役員をしていたとき。
学校の一大イベントである秋の文化祭の準備に追われているあたしたち生徒会役員のもとに、愛さんは生徒会OBで構成される『後星会』のメンバーとして学校にやってきた。
愛さんを初めて見たとき、あたしはそのまぶしくて力強い笑顔が太陽みたいだって思った。
堂々とした発言や表情に自信が満ち溢れていて、やさしくて、でも企画書に甘いところがあると容赦なく突っ込んでくる厳しさもあって。
精力的に文化祭のアシストをしてくれる朗らかでパワフルな愛さんは、後輩たちから慕われていつもみんなに囲まれていた。
あたしも他の子と同じようにすぐに愛さんに憧れるようになった。愛さんと親しくなりたいと思った。
でも愛さんの隣はいつも3年の生徒会長たちが占領していて、下級生のあたしなんかが割って入れるわけがなかった。愛さんは遠い遠い存在だった。