仲のいい親友同士なんだから、べつに土曜日に二人連れだって出掛けるなんて、なんの不思議もないことなんだけど。でもなんとなく不可解と言うか、腑に落ちない気持ちのまま、あたしは玄関傍の書斎へと向かった。
書斎の曇りガラスの引き戸越しに人の気配がする。あたしは声を掛けようとして、でも渚たちのお父さんとは昨日対面していなくて挨拶もしていないままだと気が付いた。
「あの、失礼しますっ」
すこしだけ声を張り上げてそういうと、中から「はい」と声がした。耳に柔らかい、低くてやさしいオトナの声だ。
「開けてもいいでしょうか」
あたしが尋ねると、返事をいうよりも先に中から戸を開けてくれた。中から現れた男の人は、あたしを見ると目尻に笑い皺を寄せてにっこり笑いかけてくれた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは。それにはじめましてっ、あの、あたしっ」
前のめり気味に挨拶をしようとするあたしに、渚のお父さんはやわらかく苦笑した。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。……崎谷仁花ちゃん、だね?愛の可愛い後輩で、渚の憧れのマドンナの」
「………違います、あたしはそんな………」
「僕は渚たちの、不束な父です。息子の渚がいつも学校でお世話になっています」
お父さんはそう自己紹介してくる。言われて改めてお父さんを見て、あたしは失礼にも驚いてしまった。その表情を読み取ってなのか、お父さんはちょっと恥ずかしそうに頭を掻いた。
「渚みたいな子の父親が僕みたいな醜男でがっかりしたでしょう。……幸い子供たちはみんなカミさん似でね、中でも渚はいちばんよく似ているんだ。僕のカミさんはとびきりの美女でね、渚はそういう好みだけは僕とよく似てしまったみたいなんだよ」
そう言いながらお父さんは書斎の机の上に飾ってあった写真を見せてくれる。
「これは丁度10年前、愛の高校卒業と渚の幼稚園卒園祝いに撮りに行った写真でね」
すこしだけ色あせた写真の中。制服姿がきまっている愛さんの隣には、旦那さんが思わず自慢するのも頷けるほどのものすごい美女が佇んでいた。そしてその美女の前には、女の子みたいな可愛らしい顔をした園服姿の幼い渚が立っていた。