どうやってマンションを出てきたのか覚えてない。気付いたときには駅のホームに続く階段を渚に手を引かれて上っていた。

あたしの肩には渚のパーカーがかかっていた。

足元を見ればあたしも渚も靴下だけで、渚のジーンズから覗いた白いソックスはすでに地面に擦れて汚れて黒くなっていた。その黒さに、なんでか胸がぎゅっとして涙がこぼれそうになる。


「………渚」
「いいから行くぞ」


電車に乗り込むと、靴を履いていないことは意外に目立ってしまうようで、ざわざわと遠巻きからあたしたちの様子を窺ってささやいてる声が聞こえてきた。

あたしと渚に、無遠慮で好奇心丸出しの視線が突き刺さってくる。あたしの所為で渚まで奇異な目で見られるのはいたたまれなかった。


「……………渚、あたしひとりで平気だから……」


これ以上渚を巻き込みたくなくて離れようとすると、途端に渚の表情が険しくなる。


「どうせおまえとゲスいことしまくってた所為で、周りから妙な目で見られることなんてもう慣れてんだよ。なんならついでに今キスでもしとくか?」

もっとおかしな目で見られたってかまわないとでもいうように渚は吐き捨てる。それからあたしを庇うようにあたしの体をぎゅっと引き寄せてくる。



変なヤツ。冷めてるくせに。いつもつまらなそうな顔してるくせに。急に熱くなったりして。
でも渚がこういう奴だって、もうあたしは知っていた。



たぶん渚は、さっきあたしの言った『行って』が、『あたしを一緒に連れて行って』って意味なんだって気付いてくれてた。助けてって言えなくても、あたしが助けてほしいんだってことを、察してくれてた。



そう思ったら、おかしくなった涙腺からぼろぼろ涙がこぼれてきた。



「……大丈夫。もう大丈夫だから」



三条駅につくまでの間。渚はあたしを安心させるように何度もそういって、何度も何度も背中を撫で続けてくれた。