「ねえ、ニカ。シアトルは思っていた以上に暮らしやすい場所だったよ。適度に街は拓けているけれど、都市とは思えないくらい自然が豊かでね。それにね、ニカが好きそうなインディペンデント系のカフェもたくさんあるから、きっと休日に一緒に一軒一軒開拓していくのは楽しいと思うよ」


聖人はあたしの戸惑いに気付かないのか、穏やかな表情で話し続ける。


「住まいもね、2人で暮らすのに丁度いい場所を見つけたんだ。だからニカ。僕と一緒にシアトルに行こう。きっと君も向こうの空気の方が馴染むはずだ。このままひとりぼっちで日本にいるのはつらいだろう?もう絶対に独りにしたりしないから」


聖人は土足のままゆっくりあたしに近寄ってくる。その聖人の足元に、まるで雑巾みたいにぐしゃぐしゃになった何かが丸まっていた。

それを見た途端、自分でも分かるくらい顔が強張る。


「どうしたの?一緒にいることを、君も望んでいたことだと思っていたのに。なんでニカはそんな顔をするんだ」


あたしの傍にたどり着く途中、その床に丸まっていた何かを聖人の革靴がゴミのように踏みつけた。

すでに切り裂かれていたのか踏まれすぎたのか、ただの布切れになっていたそれは、渚が選んで、渚があたしに似合うって言ってくれた、ふたりで一緒に買いに行った『LiLiCA』のワンピースだった。



「水原渚くんって言ったかな?」



ズタズタになったワンピースから目が離せないでいると、聖人はなんの前触れもなくその名を口にする。