(あんたが欲しかったものは、大きくなったら買ってもらえたよ。ちょっとまぬけな顔のぬいぐるみだけど)



小さかった頃にそう出来なかった代わりに、サメのぬいぐるみをぎゅっと抱き締める。するとそんなあたしを見た渚が口元を緩ませる。



「………何?」
「や、おまえフツーに女子っぽい顔もすんだと思って」


満足そうにそういうと、渚は急にあたしの肩に腕を回して引き寄せるように抱いてくる。


「は?ちょっと、渚何なの、」


電車の中でこんな仲のいいカップルみたいなことするのは、人前でキスするよりもなんか恥ずかしい。なのに渚はひと目なんでまるで気にする様子もなく、甘えるように言ってくる。


「朝早かったから、なんか寝みぃーわ。着いたら起こせよ」
「……ヤダし。お断り。渚腕重い。体格差ありすぎで支えきれないから」


渚はあたしの言葉をシカトして目を閉じて、体をややあたしの方に傾けてちょっと寄り掛かってくる。


「ちょっとマジ重いんですけど」


文句を言っても、狸寝入りの渚はなにも言わない。



斜め前に立っている制服姿の女の子が、渚に寄り掛かられるあたしのことをちょっと羨ましそうに見てる。なんだかその視線がむずがゆくて、あたしも寝たフリをすることにして渚に寄り掛かり返してやる。


目を閉じて。渚と触れている場所の温かさを感じる。電車は規則的なリズムの揺れを刻みながら走り続ける。



------たぶん今あたしはしあわせだ。



もうすこしだけ。もうちょっとだけなら。
そんな言い訳をして、あたしはこの穏やかな時間の中にいることを自分に許すことにした。