腰に回された腕の力が強すぎて、まっすぐに立っていられなくなった体が「く」の字みたいに反り返る。

あたしの顔が自然と上向きになって、上から見下ろしてくる渚と至近距離で目が合う。




強く抱き締められたこのままでキスしたら、すごく気持ち良さそう。




そんなことを渚の腕の強さに感じながら、でもあたしはなぜかいつものように瞼を閉じてキスを誘うことが出来なかった。


意味のわからない焦りのような感情が急に胸に沸いてきて、いつもあんなに簡単にしていたキスの仕方が、一瞬わからなくなっていた。




渚も、キスするには絶好の姿勢だというのに、あたしを抱きすくめたまま、ただじっとあたしの顔を見つめてる。




今、あたしと渚の間に。
満たされた、ふたりだけの完璧な世界が存在しているかのような。


そんな錯覚。





柄にもなく、あたしの体はすこし固くなっていた。





この至近距離であらためて見ると、渚はやっぱりどうしようもなく目が惹きつけられるようなイケメンで。

その顔が、今あたしのことを同じように見つめ返しているのかと思うと、耳たぶに熱みたいなものがまとわりついてくる。





「おまえさ。体、結構華奢だよな」


あたしの腰をきつく抱いたまま、渚がすこし笑って言ってくる。


「……何それ。欲情すんなよ」



いつもなら「女のくせにそういうこと言うのはよせ」と、すかさず小言がすっ飛んでくるとこなのに。

渚は何も言わずに黙ったまま抱き締め続けてくるから、調子が狂いそうになる。




「………渚、何のつもり?」

「今日のご褒美」

「………は?」

「女に貢ぐの趣味じゃないから、選んでやった服とか靴とかは買ってやらなかったけどな」




渚はそういって意味ありげに笑う。




「ポケットの中、さっさと取れよ。しばらく俺に抱き締められてたいなら別にこのままでもいいけど」
「…………死ねよ馬鹿、キモいし」


そういって渚の体を肘で押し退けてやりながら、渚のポケットに入っていたものを抜き取った。




出てきたのは、ピンク色に白いレース模様がプリントされた、ちいさな袋。

その袋の真ん中に、いちばん最初にワンピースを買った『LiLiCA』のロゴがプリントされていた。




「何これ」



渚は面白いことを仕掛けたときのように、くちびるの端っこをニッと吊り上げた。



「………おまえ、金曜来いよ」



そう耳元でいって、あたしの反応も確かめないまま、渚は改札を通ってあっというまに雑踏に紛れていった。