「悪いな、置き傘一本しかないんだ」


どうしてかそんな言い訳を相良先生がするのか意外で顔を上げると、先生は案外背が高いって気付いた。


そして、わたしは先生のシャツの右袖が異様に濡れているのに気付く。


よく見たら、相良先生は体半分が傘からはみ出してた。


相良先生がわたしを濡らさないために気遣ってくれたんだ、と優しさを感じて胸が温かくなった。




狭いコンクリートの床を通り抜け、一階の左隅に『相良』の郵便受けがあって戸惑った。


キーケースでドアのカギを開け、相良先生はわたしを促した。


「入れよ。別に襲ったりしないから心配すんな。そのまんまだと風邪引くだろ」


相良先生は生真面目過ぎるとはいえ、仮にも男性。口先だけなら何とでも言える。


独身男性の家に若い女の子が上がるなんて、何かあっても仕方ない。


でも、わたしは信じたかったし、縋りたかったのかもしれない。

わたしを護るように傘をさしてくれた相良先生のさり気ない優しさを。