恋愛事案は内密に

「何か不都合なことがあったら何でも言ってくださいね」

「ありがとうございます」

ジメジメした服、湿気でクルクルになった髪の毛を整えて早く制服に着替えたい、と心の中でつぶやく。

隣に立っている所長の視線が気になってしかたがない。

「……僕、森園さんに話があるんですけど」

いきなり、先ほどまでのトーンとは明らかに違う低い声が上から降ってきた。

「え、な、何ですか」

「あの夜のこと、覚えてます?」

「あの夜?」

「……ホテルのバーのトイレの入口で森園さんが倒れてたこと」

「え、ええ」

そりゃあ、あの日、大和と別れたんだから、たとえ酔っ払っていたとはいえ知ってるけども。

「憶えてるけど、そんなには」

だけど、あんまり思い出したくもないんだ、これが。

「そうですか。それならいいんですけど」

チン、という音とともにエレベーターの扉が開く。

いつもの所長の明るい声に戻った。

「よかったです。それなら」

所長はどこかすっきりしたような顔を浮かべながら会社へ向かう。

あとを追うようにわたしも続いて歩く。

会社のドアの前で立ち止まる。

「大切なものを拾いました」

所長の顔に一瞬、どきりとする。

甘く、やさしい笑顔だったからだ。

あっけにとられていると、所長は会社のドアを静かに開けて中に入っていってしまった。