「そんな仕事漬けの日々と酒の飲み過ぎで体を壊してな、休養がてら理津子の故郷であるここに移り住んだんだ。
終生までここで過ごそうと思ってね」


彼の声が心なしか、先ほどより少し明るく聞こえた。

しかし、どうしてもさっきのフレーズが頭に強く残っている。


”肝硬変一歩手前”


……私の気持ちも少しは汲んで頂けませんか。

好きな人がそんな状態だって聞いたら尚更退けません。


「……今からでも女に逃げたらどうですか」

「それは誘ってるのかい?」

「はい」

きっぱり言い切った私に声を出して笑う彼。

「ははは、できないよ。無理無理。もうそんな気持ちになれないんだ、やっぱりどうしても理津子がちらついて……」


そう嘆く彼は私の尊敬する上司だ。
私は、彼から脳外の専門的な知識や技術を叩きこまれてきた。

若い頃、高飛車だった私を酷く叱責した日もあった。
失敗して泣いた日は、自分の失敗談を話しながら慰めてくれたこともあった。


だけどここに仕事中の凛々しい彼はいない。

目の前にいるのは、酒に溺れて心身共にボロボロの中年男だ。



……そう思ったら怖くない。