泡影の姫

「君、アヤメの歌が好きだよね」

斜め上から声が降ってきた。視線を上げれば、口にピアスを開けた男がそこにいた。

「いつも同じ歌だ」

「アヤメ?」

「なんだ、知らないの?アヤメって言う歌手がずいぶん前に出したんだよ」

それは知らなかった。
彼は違うといったけれどそれでも私にとってこの歌は、湊の歌だから。

「いい歌だと俺は個人的に思うんだけどね、売れなかったんだ。それ以上曲も出さなかったみたいだし」

歌っていたのも無駄じゃなかった。
この歌の出所は分かるかもしれないとそんな期待もしたけれど。

「俺、CD持ってるんだけど、良かったらうちに来ない?」

どうやらこの男はこれ以上の情報を持っていないらしい。

「悪いけど、がっつく男は趣味じゃない。自分で探すわ」

今日の目的をCDショップに変更し、とりあえず探してみることにした。
一回全部聞いてみたかったのだ。
後ろでさっきの男が何か言いかけたが、ターゲットを別の誰かに替えたらしく、追ってくることはなかった。
脚力に自信がなかったから、正直ほっとした。