誰もいなくて、閉館まであと30分だった。

 水槽の窓枠に肘をついて、ぼーっと眺める。

 あまりにぼーっと見ていたから、隣に誰かが来たことさえ気付かなかった。

「・・・クマノミが好きなの?」

 声があたしの鼓膜を震わせて、びくっと体が震えた。

 パッと身を起こすと、彼が立っていた。同じように水槽を覗き込む態勢で、視線だけをあたしに向かわせて微笑んでいた。

「井上さん!」

 心拍数が上がったのが判った。

 うわああ~!不意打ちだ!いつも見にいくだけだった人が、いつの間にやら隣に!?

 彼が言った。

「今日も来てくれてたんだね。ショーでは見なかったけど?」

 あたしは急にあつくなった頬を髪の毛で隠して慌てて話す。

「・・・今日は、大学が長くて・・・今来たんです」

 そっか、と向き直って水槽をみていた。

「・・・・・最初の目的はあなただけでしたけど・・・今ではここの全てが好きです」

 ぽろりと出たあたしの言葉に彼が振り向く。

「・・・うん、それは嬉しいね」

 そして黙って水槽を眺めていた。二人でならんで、深い青の世界に浸る。館内の青い空間に、目の前には、クマノミの白とオレンジ、珊瑚の赤や紫。まるで色の洪水だ。

 隣に井上さんがいるのが不思議だった。憧れの人が、今は手を伸ばせば届く距離にいて同じものを見ているのが。

 少し緊張していて、幻を見ているようで、一秒一秒が大切で、時間が経つのが悔しかった。