「衵」


いつの間にか私の両手首を掴み、見上げてくる彼の白い額は紅くなっていた。恐らく、私より赤く目立つ。

「どう思った」


「…え?」

どう思ったって、何だ。どういうことだ。

「い、痛かった」


私は素直に今の気持ちをいったはずなのだけれど、都世知歩さんは「ちがう」と口にした。


正解があるの?



「頭突きする瞬間」

「瞬間?そりゃ、怖かったけど…」


「うん。衵、今日は朝一で怖いことがあったから、もう怖いことは起きないな」







何故か真剣な眼差しで訴えかける都世知歩さんの言動が、理解できない。

頭突きされたからだろうか。


この人は、何を言っているんだろう。…不思議なのはそう思っているのに、この光景に見覚えがあるとも思っていることだった。
何故かデジャヴ感があった。


「俺とお前は、ただルームシェアしてる他人だけど」


都世知歩さんは言葉を続けた。



続けていたけど、私の頭の中では違うことが思い出されていた。




『――衵。怖い?』


『こわい』


『そっか。でも『怖い』っていうのは、ひとつのことに対してしか思わない』


『ひと、つ?』


『はは、まだ難しいかー』




「…あ」



――――デジャヴの原因を、思い出した。



そうだ。

この光景に見覚えがあったのは記憶が残っているから。


…お父さんとの、記憶。



『もう怖いことは起きないよ――――』



昔、お父さんも同じことを言ってた。



変なの。




「おまえなぁ、何笑ってんだよ」

「へへ」


「…まあいいけど」




“大丈夫”。

聞こえていないはずの言葉が、耳に届いた気がした。