「会った?」


その質問に私は首を横に振り、声だけを聞いたと言う。


都世知歩さんは、目を細めて笑った。

それが何故だか、切ないような気持ちになってびっくりした。



「出なかったんだ。何で」


「…で、出たらいけないような気がして」


床に正座をした私は、まるで二者面談を受けているような気持ちになった。

特に緊張しているわけでなくても、言い辛いような、上手く言葉にできないような曖昧さ。


「…何で?」


それはいつも通り動く心臓に、曖昧に響く。



「たいせつなひとのような気がしたから」



脳裏に、以前の都世知歩さんの表情が浮かぶ。




「利口だね」



くす、と微笑む都世知歩さんはそう零した。



利口。


それは昨夜の私の行動を、考えを、肯定する言葉だ。きっと。

そして今目の前にいる都世知歩さんを表現する言葉が見付からない私は、心がもやもやした。



「でも、衵」



続ける都世知歩さんは、上体を前に倒して額を寄せる。



「もうひとつ。昨日は菜々美だったからまだしも、お前の知らない人が来て、俺が家に居ないとき」



ふわりと薫る香りが、鼻を翳めて。


もう少しで彼を表す言葉が見つかりそうだと、心が急く。

あと、少し。



「鍵、開けないように」






――――――わかった。




都世知歩さんは心の内側で、わずらっている。





「衵」


「……う、ん」


「よし」







恋、を。








恋煩い。