それは、つい昨夜。
都世知歩さん本人の口から耳にした、女性の名前。
私の頭の中に、鮮明に彼の表情が浮かぶ。
『それ以上、踏み込むの禁止』
そう言っていた。
だからこれは、私が入り込んではいけないこと。
ただ、『“干渉”に入るから』と笑みさえ浮かべた都世知歩さんを思い出すと、今玄関の前に居る女の人がプライベートな面で大切な人だということが、私にも何となく伝わってくる。
あるあるで、姉妹さんやお母さんのお名前かとも思った気がするけど。違った。
……。
!?
と、いうことは、私、都世知歩さんが私なんかと住んでいることを知られてはいけないのでは…!?
関係は分からないけれど大切な人だったら尚更そうなんじゃ!?
私はうかうかと玄関へ向けそうになっていた爪先に力を入れて、床に踏ん張り留まる。
危ない。危ない危ない危ないよ。
もし、もしも都世知歩さんの彼女さんだったら!?だだだだめだ、絶対だめだごめんなさいごめんなさい。
可能性に怯えた私は脳内を機械のように動かし、毛布を深く被り息を止め、抜き足差し足で後ろに注意しながら後退りする。
ああもう何で早く寝ておかなかったの鍵なんか気になったの馬鹿野郎!
自分を殴りたい衝動を抑え、物音を立てないように注意しながら自室へと入り、布団に位置付く。
出れないことが申し訳なくて後ろめたくてしょうがないけれど、ぎゅっと目を閉じて、今私に出来ることの最大はこれだと確認する。
きっと、出ちゃいけない。
気になろうが気になるまいが、自分の感情は無視するべき時だと思った。
その後一度だけ、小さな音でドアをノックするのが聞こえたけれど、私は見知らぬ恐さと、居留守をしてしまった自分への嫌悪感でいっぱいになって、目を閉じ息を殺すことしか出来なかった。
ごめんなさい菜々美さん。
