理想の都世知歩さんは、





そしてイケメンが出て行った後、特にこれといって用事のなかった私は春のぽかぽか陽気の中家事に励んだ。

洗濯物を干している時、ふと旦那が仕事に行った後好き勝手できると思う主婦ってこんな感じかなと思った。その都世知歩さんには全く旦那の要素も欠片もないけど、意識さえしないから言えるってもんだ。


どうせ旦那さんになる人ならもっと理想的な人がいいなあ。


平和ボケしつつある私の脳内は、あっという間に素敵な理想で埋まる。


優しいひと。

子ども好きで家族想いだったら、もう。もうね。

家事が下手で全然構わない。代わってくれようとする気持ちが大事で。

笑顔は皆素敵なので、好き嫌いしないひとがいいな~。

あと他人の嫌なところばかり言わないひと。

緊張しちゃうだろうからイケメンじゃなくてよくて。


考えれば考えるほど、

頭の中限定の素敵な旦那さんが浮かび上がる。


理想の旦那さんは、私のことを「衵、」って優しく呼ぶんだ。


「ふへへひふへへ」

私は奇妙な笑い方をして、幸せなまま洗濯物干しを終えた。


ダイニングに戻ると、玄関の所に立てかけてある物が見えて思わず声をあげる。

「回覧板!」

危ない危ない忘れるところだった。確か都世知歩さんが印を押したの、私が持って行かなきゃいけないんだった。

朝の家事も一通り終えてすっかり陽も昇った頃だったので、私はそのままサンダルを履いて外へ出た。


階段を下りながら手にした回覧板に目を通すと、101の住人さんのところに書かれている“最後”。

え。
最後ってことは、最後?私持って行った方がいいのかな?

一度立ち止まって考えてみるものの、恐らく聞くべきであろう管理人さんは今の時間だともう不動産屋さんに出勤されているだろうし、だからといって101さんの玄関前に立てかけておいていいものなのか。

回覧板、判子押してあるしなあ…危ないかなー。

こういう時に機転の利かない自分が嫌になる。…よし、取り敢えず101さんにピンポンしてみよう。


私は階段を下りるとそのまま真っ直ぐ歩いて101さんへと向かった。


表札には、筆で書かれた美しい字で「貴堂」と書かれていた。本当だ、中村さんちじゃなかった。表札を見る習慣をつけた方がいいかな。