「あー俺、中村さんのところ行かなきゃいけないんだった…なー」
あからさまにわざとらしい宵一は何かの紙袋を和平衵に手渡して俺に笑い掛け、中村さん家の方へ歩いて行った。
「りっちゃん」
「ん」
宵一の背中を見送りつつ目の前に注意がいく。
「202号室に“再”越してきました、和平衵です」
へへ、と照れくさそうに表情を綻ばせている彼女を目にしたまま顔が固まる。
「それから、前…春に元気づけてくれた都世地歩さんのこともお礼言えてなかったから。ありがとう。ということで、りっちゃんがぞっこんだと伺った土産菓子どうぞっ」
早口気味に言い切った後、突き出された紙袋。中を覗くと確かに好物の、黒胡麻の土産菓子のパッケージが見えた。
「うわ…ありがと」
呟いて上げた目先に映る和平衵の顔を目にして、ふと力が抜ける。
「よかったな」
自然と出て行ったその言葉に先に反応したのは彼女の方だった。
え、ときょとんとしているが、俺は俺であの日此処を出て行ったこいつの顔を想い出す。
今にも、泣き出しそうな顔で。
宵一を、待っているような顔で。
宵一に、何かを必死で隠していた、あの日。
「…どこを好きになったの」
聞いてみたかったのかもしれない。
「りっちゃん?」
