理想の都世知歩さんは、





総無視3日目の朝。ダイニングテーブルで1日目に貰ってきた、部屋に取り付ける為の鍵のカタログを何気なく捲っていたら、部屋から盛大な寝癖を付けた都世知歩が出てきてそれを目にして。

何だかとても変な表情をした。わざわざその場に立ち尽くして。

どう見てもヒヨコに見えて仕方がない寝癖をつけたまま。


「あこめ?部屋、鍵」


片言を零しているのは無視を決め込んだけれど、私はちょっとどう第一声を踏み出そうかどきどきしていた。

唇のはしっこが自然と尖ってしまう。

けど、都世知歩さんはどういうわけか小4の娘に「もうパパとは2度と一緒にお風呂入らない」とでも言い放たれた父かとツッコミたくなるような表情をしていた。何だか訳わからないが偉そうだ。


まあその後は洗面所に向かう際、ちらりとウザったくこちらを振り返ってきたくらいで普通だった。


私は彼がそこから戻ってくるまでの間に必死で第一声なるものを考え、彼が向かいより少し左にずれた位置に座った頃を見計らって、口を割った。


「お、おー…はよっ」

やはり唇の先が尖る。そして激しく吃る。

「あ、あーのさーぁ?ド、ドーナツ食べたいですね!」

「……」

「食べたくないですか?新商品…」

「……」


まさかの無視かい。


もうええわ。ドーナツ自分で買うわ。何なの都世知歩さん意味わからん。

泣いてない。





それから何となく話かけ辛い雰囲気になって、それを置いたまま私も家を外した。





もうすぐ夜7時になるかという頃、玄関前でキッチンの明かりがついているのを見て、少し肩に力を込めつつドアを開けた。

「ただい、ま」



すると。


「…とよちほ、さん」


ダイニングテーブルの上に腕を乗せて、眠ってしまっている都世知歩さんの姿が在った。


珍しい。

都世知歩さんがこんな――――帰りを、待って眠ってしまったような。


だってそこは、私の席だった。



と、物音にさえ微動だにしない彼の左側が視界に入り込む。


私が朝積んだまま出てしまった鍵雑誌の上に、袋に包まれたままのとある有名なドーナツ店の箱。


…謝ってくれようと、したのか。


だってそのお店、電車に揺られて一駅先に行かないとないお店だから。

私が出勤先に出掛けるときそのお店を見掛けるから、新商品が美味しそうと零したとき、都世知歩さんは格好付けているのか知らないし気味悪いけど英字新聞なんかに目を通していて、完全無視されたと思っていたのに。

聞こえていたの、かな。本当は。