「衵」
気が付くと、名前を呼ばれていた。
もう何度この名前を呼ばれただろう。
顔を上げると、傍に都世地歩さんが立っていた。
先にポストを覗いてきたのか手にはチラシや郵便物。足元には、さっき鳴いていた夏彦殿の姿が在った。
「何、俺の帰り待ってた?」
悪戯に魅せる笑顔が、夕日に照らされて反射して、ちょっと切なくていとおしい。
私がうんと短く頷くと、都世地歩さんもしゃがみ込む。
「泣いたの」
そっと目元に伸ばされた指先とは裏腹に、はっきり言われてドキリとする。それには頷けない。
昨日のことも、聞けない。
気になってはいた。
「あの、とよちほさん」
隣で一緒にしゃがむ彼を見上げて口を開く。
「ん?」
そう言って柔らかく、やっぱり少し悪戯に微笑んでくれるこの仕草が好きだった。
「…帰って、話したいことがあります」
