【SIDE 都世知歩 宵一】
『お、かあさ……、っ』
――――声がした。
一人の“子ども”が入って閉ざした扉の向こうで。
愛する人を一心に呼ぶ声がした。
その時その声が
“いつか”の記憶と重なって、思わず息を止めてしまったのは何故だろう。
その後。
衵を残して部屋を出た後、夕飯を食っていないと言っていたのを思い出して、夜中にお腹が空いて出て来るかもしれないとか我ながら甘やかした考えで肉じゃがを作った。
「…俺は母親か」
リアルにゾッとして、ふと笑っていたことに気付きながらそれを乗せた皿にラップをした。
真夜中。
時計の短針が真上を指してから大分経つ頃。
風呂からも上がって自分の部屋でゴロゴロしていた。
すると隣の部屋から小さな声が聞こえて、何か見えてはいけないものの類かと肩先を跳ねさせてから数秒後、また聞こえたのは不安げな声。
「……」
また、呼んでる。
呼んだって現れるわけないだろ。
というかふざけんなここ壁薄いんだよ!!分かってんだろ!?
ついには鼻をすする音まで聞こえてきて、深い溜め息をついた俺は立ち上がって隣室へ足を運んだ。
これじゃ俺が寝れない。
「衵、お前いい加減にしろ」
苛立ちがノックをするという常識をも超えて、勝手に部屋を開ける。さっき入った時と変わらず真っ暗な部屋。――衵は、小さな布団の上で丸くなって寝息を立てていた。
「…?」
おい、寝てるのかと呟くが応答はない。寝たフリ?寝言?
…多分、此奴の顔を見る限り後者だ。
舌打ちして引き返そうとすると、眠ったままの衵が「おかあさ…」と囁く。
「…。うるさい奴」
俺は再び深い溜め息と一緒に、何がホームシックだよと囁き返して衵の隣の畳上に寝転がった。
肘を立てて衵の方を向くと、小さな窓から入る月明りに照らされて、薄らと涙の通った跡が見えた。
「ばーか」
思った通りに呟くと、衵は、そっと笑みを浮かべた。
何なの馬鹿って言われて喜んでるのこいつは。
思い切りさめざめとした表情を向けるが、当然こいつは眠ったままで気付くはずもなく。
しょうがない、と。
「――――――――――――――――――」と、囁き額にそっと、くちづけした。
衵はもう、泣かなかった。
・・・
