私の腹が立っている理由はそれだった。
衵が、どうやって都世知歩さんを好きだと自覚したか知らないくせに。
好きなひとがいる人間に、よくあんな勝手なことが出来る。
最低な奴なのは確かだ。
好きでもないひとに頼んでもないことされる気持ちが分からないの?
そう思って、階段下に移動していた私は少し空いた距離の先の男を見た。
「何で衵に構うの」
「…は?」
「衵のことがすきなの?っていうか二重人格者ですか。衵の気持ちを知ってて「…何なのお前。初対面のくせに何言ってんの?」
「な、」
男の人は、距離を縮め力の入った私の腕を手前に引き――――。
前髪の隙間から、私の額に、歯を立てた。
「――――っ!」
ガリ、という現実の音と痛みが、耳に爪を突き立てたような感覚で襲う。
強く瞑った目。
咄嗟の『怖い』という感情。
次に身体を支配したのは、傷付けられた額に、乱暴に落とされたキスだった。
「……は」
「誰にでもこういうことできんの。理解したら消えてくれない?」
何の感情も汲み取らせない目。
背筋を這ったのは、紅の滲むような疼痛。
恐らく衵に見せない“彼”は、どんなにも言い表せないくらい最低な奴だった。
