理想の都世知歩さんは、





ななみさん見たよ、って口にしたら。

都世知歩さんの背中が止まった。


深藍パーカーの端は揺れなくなった。


「衵、そっか」


きっと、私が菜々美さんを知っていることに対してそう言った。

知ってるんだ、って。

確か、前回菜々美さんと会ったときのことは都世知歩さんに話していなかったから、記憶が曖昧なのだろう。
都世知歩さんの口から菜々美さんのことを聞いた時も彼は少し酔っていた。


「なにかあったの」



私は、意地が悪くて、性格も悪いから。

予想の内でも知っていてそういうことを、勝手に淡々と聞く。

淡々と。

それに何も感じない。



都世知歩さんが空を溜めて、口を開く瞬間を目にして、目を覆いたくなった自分は居ないことにして。



代わって誰かがそっと、きす、と言い掛けた。



誰かが「都世知歩さん」と口にした。



「――…いつか私に言ってくれたこと、覚えていますか?『一つ願い事叶えるよ』って」



『何でもいいよ』って。


『何でも叶えられるから』って。


言ってくれた。




「あれ、お願いするの忘れていました。だから今叶えてください」




さっきからずっと響いているのは、あの紫陽花を抱えていた雨の日のこと。


菜々美さんの笑った顔。


『好きな人』のことを、口にする彼女の言葉。





「菜々美さん追いかけて」






そうやって、叶えて。












私は、泪が零れそう。


だけど。

都世知歩さんがすぐ、菜々美さんを追ってこの部屋を出て行けば気付かれない。