「何、寝てたんですか」


自然で不自然な敬語が、都世知歩さんの口から零れる。

私はぼうっとする頭を働かせて、彼が開けた玄関ドアの外がもう真っ暗だということに気が付く。


上がった都世知歩さんは脱いだトレンチコートを腕に掛け、私がテーブルに置いていた雑誌を目にして「凄いな、その量」と呟いた。

「荷物、そればかり持って来たんじゃ?」


夜の匂いを運んできて、上着を椅子に放った都世知歩さんは手を洗う。


「あはは…好きで」

「へー。よっぽど好きなんだね。服?」

「はい…帽子とか靴も」


まだ心の中に残る感情に触れられないでいる私に、気付かない都世知歩さんが「夕飯は」と言った。


「そういえば。忘れてた」

「…俺作ろーか」

「え!?いいですいいです、お腹空いたら自分で何とかするので」


当番だし、と言い掛けた時、傍に置いていた私のスマホが着信音を響かせた。


「びっくりした。誰だ、ろ…。…」

「?出ないの」


ディスプレイに表示される名前を見て、明らかに戸惑った私に声を掛ける。
都世知歩さんは近付いて見て「おかーさんじゃん。本物の」と。


「?」

「あ、で、出ないとだ」

「アコメ?」


不安でいっぱいの胸を隠すように笑うと、都世知歩さんは首を傾げて。

私の髪に、触れた。


不意に頭を撫でられたことにびっくりして、同時に涙が出そうになってしまって。私は慌てて弁解してスマホを持ち、自室に入ってドアを閉めた。それから、鳴りっ放しの電話に出て耳に当てる。




「は、い」


≪衵?お母さん。元気にやってる?≫

「お、かあさ……、っ」



駄目だ。



お母さん。


お母さん。



私、考えないようにしてたんだよ。

なのに、つい最近まで私を怒っていたお母さんの声が、暫く聞かない内に、他人みたいに優しくなってるから。


さみしい。

さみしいよ。



≪なに、どうしたの?≫


「ううん、な、何でもない、げんきげんき」

何でもないよ。

げんきだよ。


≪お父さんも心配だって。話したいって言うから≫


「え、えー?やだな、だいじょうぶなのに。またこっちから電話掛け直すよ、今充電なくなりそーだから」



ここでお父さんの声まで聞いたら、折角の親離れのチャンスが、なくなりそうで怖かった私は無理に急かし立てて電話を切った。


何でだろう。


これくらいで突然泣いたりして。

情緒不安定か私は…っ。