理想の都世知歩さんは、





聞きたいわけではなく。


話してほしいわけでもない。


ただいつも笑顔をみせる都世知歩さんの本当の気持ちを、想いを、想像しただけ。



それだけで、私の方が胸が張り裂けそうだった。




「衵、ほんとどうし……もしかしてカレーが嫌だったとか…」


「ちが、カレーすき…」

「じゃあ何でそんな泣くの堪えてるみたいな顔してんの」


「おくれて花粉症がきたんです」




どんな表情をして、他人を見つめる彼女を見てきたんだろう。



「……わかった」



都世知歩さんは「花粉症な」と言ったきり、それ以上は問わず、触れなかった。




彼は私に『紫陽花のにおいがする』と言った。



彼は私に触れなかった。





花を香るとき、私たちはそっと近づくけれど触れない。



壊れてしまいそうだから。

散ってしまいそうだから。


“花”が、“相手”が、傷つくことを何よりも恐れ可哀想だと思って。


触れ合った指先から、花が泣き出してしまうのではないかと思って。


怖い。

責任を恐れる。


やがて、

“花”が可哀想だと思っていたのか、それと目が合い、近づきたいと思った自分が責任を負うことを可哀想だと思ったのか、わからず混乱に落とされる。



人は、誰の所為かを考え始める。



何になるのか、何の為なのかわからないのに考える。混乱が蟠りをつくっていく。





そうしていつしか私も、一番初め、花を綺麗だと想った心を。




忘れてしまうかもしれない。