「朝比奈さん、母は他に何か言ってましたか? 何か失礼なこと――」


「いや……別に」


「そう、ですか……」


 紅美とみどりの間に何らかの確執があるのは確かだった。けれど、紅美は特に詳しく打ち明けることはなかった。


「お前の母親は今どこでなにをしている?」


「……わかりません」


「連絡先は教えてないのか?」


「……はい」


 たかがアルチェスの一社員に、家庭環境のことまで介入する必要はない。わかってはないたが、朝比奈は触れられないように壁を作ろうとしている紅美に苛立ちを覚えた。


「すみません……私、帰ります」


「だめだ!」


「っ!?」


 紅美が踵を返した瞬間、背後からがしりとまるで捕らえるように朝比奈が抱き込んできた。