前の彼氏と別れて、1年過ぎた。

30代になると、20代の時みたいに、すぐに次へ走ることが出来なくなる。

臆病になるとも言う。

でも、男性への理想だけは、やたらと大きくなり、自分が年齢的に若くなくなったことを棚に上げて、その理想に近い人を必死に探す。

なぜなら、一刻も早く、結婚をしたいからだ。

年下の友達が、私より先に結婚する姿が、30代の独身女子にどれだけ衝撃を与えるか。

世の中には、結婚したら旦那がうざいとか、人生の墓場だなんて、マイナスの話をする人がいるけど、未だに結婚出来ない私からしたら、自慢にしか聞こえない。

私にも、結婚の話が今までなかったわけじゃない。

でも、未だに結婚に至れなかった。

私の男性の理想が高すぎる?
そんなことないはず。

やさしくて、胸筋がしっかりあって、笑顔が絶えない人で。
欲張りはしない。

そんな私にも、恋をするチャンスが巡ってきた。

入社3年目、社内の席替えのおかげで、出会えた年下胸筋男子。

去年、親が外資になり、外人が増えてきた社内で、大掛かりな席替えが行われたのは、つい最近。

今まで、関係のなかった部署の人が、隣の島の席になった。

うちには、いくつかの営業部隊がいる。

その中でも、有名ブランドの車を扱うのが、私の隣の島にいて、いつもその席は空席が目立つ。

ある日、珍しく私に声を掛けてきた男性がいた。

黒のギンガムチェックのシャツに、綺麗な白い歯で、胸板がしっかりしている、さわやかな青年だった。

「あの、この資料の印刷したいんですけど、ここの席のコピー機どれですかね?」

初めて見たのもあって、しばらく誰だっけ?と考えたのと、あまりに私好みの胸板をしていたから、そこにくぎ付けになってしまい声を出せずにいた。

不思議な顔をしていたのだろう。
彼から、自己紹介してくれた。

「あ、すみません。初めて、会いますよね?園田です。よろしくお願いします。」

「あ、こちらこそ、すみません。なんだか、ぼーっとしちゃいました。(笑)山下です。」

これが、私と彼の初めての会話。

あれから、3か月ほど過ぎたのかな。

営業に出ていない日は、しょっちゅう声を掛けてくれる。
くだらないことも。
なんでも。
それが、ちょっと楽しくなってきている、毎日。

以前は、あまり気にしなかったけど、彼に会えるって思うと、服装も髪型もかわいく見えるように、努力したくなった。

何故かって?
それは、彼が私よりも年下だから。

私は、入社3年目って言っても、転職組。
彼も転職組だけど、私よりも5歳年下。

気が付けば、今年でアラサーから離れていく、32歳になってしまった。

20代の時は、5歳下って言っても、同じ20代って思って、意識もしなかったのに、20代と30代の差は、何故だか、やたらとでかい。

そんな年の差なんか、気が付かれたくなくて、今日だって、いつも下げてる前髪、あげてみた。

色は白い方だけど、最近、シミが気になってる。
でも、ちゃんと早起きして、ナチュラルに見えつつ、シミ消しマジックだってしている。
少しでも、彼にかまって欲しいから。

「今日、いつもと雰囲気違いますね。かわいいですね。」

営業先から戻った彼が、いきなり声を掛けてくれた。
心の中で
『よっしゃー』
って、ガッツポーズしてしまったのを、彼に覗かれなくて、良かった。

「ありがとう。」
心の表情が出ないように、やさしく微笑みながら、お礼を言った。

「あ、そういえば、山下さんって、今週土曜日って空いてます?」

「え?」

突然の彼からのお誘いに、二度見しそうになったのを、ぐっとこらえて、満面の笑みだけは、忘れずに

「土曜日、午後からなら空いてるかな。」

って、感情抑えて返事をする。
しかも、一日空いてるなんて言えないから、わざと午後にして。

「マジっすか。したら、これ行きません?」

彼が出してきたのは、なんと私の好きなJBrothersのライブチケットだった。

「そ、それ、どうやって入手したの!私、めっちゃ好きなんだけど!」

「へへへ。実は、知り合いにここの事務所に勤めてるやつがいて、たまたまもらったんですよ。」

今回のライブは、彼らの人気が急上昇してしまった為に、諦めていたものだった。
絶叫しそうな程、うれしくなった。
しかも、ただのライブチケットじゃない。

バックステージに入れる。

つまり、JBの本物に会える。

・・・あれ。

私、彼が気になってるのに、バックステージでJBに会ったら、発狂しちゃうよ・・・。

ていうか、なんか、色々私幸せ過ぎない?
これ、「ヤバイ」状況じゃない?
この後、なんか起きない?

色々複雑な表情をしたせいか、
「やめときます?」
と彼に声をかけられ、我を取り戻した。

「んなわけない!是非、行きます。」

「良かった。じゃあ、土曜日どっかの駅で待ち合わせしましょうかね。」

彼がやさしい笑顔で、話続けてたけど、方針状態であまり記憶がない。


こうして、好きな彼との初デートも、大好きなJBのライブもゲット出来た私の心拍数は、当日が近づくにつれて、上がる一方だった。

仕事なんて、手に出来るほどの余裕なんて、微塵もあるわけがない。