「しかも朝陽兄上に与する卜部家が朱夏様が女性であったことを証言したらしく朝陽兄上は朱夏様が女性である証拠をつかもうとしています。」
たしかに朝陽叔父上は先ほど馬小屋で俺の上着を脱がそうとして貞女に止められていた。
あの時貞女が命がけで止めてくれていなければ俺は女であることが朝陽叔父上にわかっていただろう。
卜部家・・・鮎に、あのとき女であることを見破られていたら・・・?
「朝陽叔父上は俺が女ならどうすると思う?」
「朱夏様が女であれば・・・第2夫人になるのではないかと。朱夏様はあと一か月で15才、婚姻のできる歳です。」
朝陽叔父上を憎々しく思っているのが分かるように苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「そうか…母上が子をなさないなら、俺と子供を作って自分の血を当主にするつもりだな。なんて卑劣な奴らだ」
俺は憤って腕を組む。
「まるで他人ごとだ。朱夏様、あなたの身が穢されそうになっているのですよ?」
真昼様はむっとし、眉間にしわを寄せ、眼鏡をあげる。
その表情に朱夏は鼻を鳴らして笑う。
「真昼様がなぜそのように取り乱す?真昼様にとっては俺なんて駒に過ぎないだろう?」
「余りに無防備で驚いたのです。」
「庶子にはわからないだろうな。皆本の嫡男は、皆本のために生きる運命。穢されてもな。薬を民のために安定供給出来るならどうなってもかまわんよ。真昼様が眉間にしわを寄せる必要もない。」
「第2夫人になることも構わないと?」
真昼様は怒っている?
俺を駒として利用しようとしてるだけの男が何故怒ると言うんだ。理解できない。
「そんなことはない。朝陽叔父上の自分勝手な振る舞いに成り立った運命は民の薬のためにあらず。全力で逃げ切るさ。それに朝陽叔父上を当主から引きずり降ろさねば、民に薬を届けられぬ。」
「しかし、策は無いでしょう?」
遮るような鋭い視線に返す言葉がない。確かに策はない。逃げても地の果てまで追ってくるだろう。
黙っていると、
「女であることを認めれば私が助けてあげられます。」
「どういう意味だ?」
にやりと笑う真昼様は、軽やかに話し出す。
「私を当主にして下さい。」
予想を上回る答えに驚きが隠せない。
「例え女でも俺にそんな権限があるものか。」
腕組みをして視線を逸らす。
「婚姻すればいい。」
耳の端に聞こえた言葉に耳を疑う。
「何を言っている?正気か」
こんな男のような俺を娶りたいなどと思う男がいることが考えられない。
母上ですら俺を無視するというのに。
真昼様はそんなこと意に介さないとでも言うようにくすりとわらう。
「双方にいいことすくめではありませんか。朱夏様も小春様も守られ、私は当主になれる。わたしが当主になれば民のための薬を必ず作りますし。」
「狙いはそれか。なんと、わかりやすい。」
俺が吐き捨てたのを無視して真昼様は楽しそうに話し続ける。
そりゃそうだ。俺を丸め込めば庶子としても労せずして当主になれる。
「私は朱夏様を傷つけたり穢したりしない。当主としてあなたの盾となる。」
口から出任せでも、盾となる、といわれれば嬉しい。
病気かと思うほどに胸がたかなった。
「姻戚関係を結べば小春様を義母様として守りやすくなる。勿論、聖夜兄上も。」
伏し目がちに先ほどの父上の帳面だというものを手でさする。
「先ほどからききたかった。父上の物などと嘘であろう。父上は亡くなられたのだ。そんな新しい紙に書けるわけがない。」
真昼様は黙って射るように俺を見返す。
「まさか父上はいきて・・・。いや、父上は筵にくるまれて、仙湖にしずめられたのを、俺は憶えているんだ。」
今でもありありとおもいだせる。目に涙が浮かぶ。
真昼様はさきほどの父上の帳面だというものを掲げた。
「どうやってその中を這いあがったのか存じ上げません。しかし、王都の外れで聖夜兄様はいきておられます。」
「なぜわかる?」
「実験施設を偶然見つけたのです。その施設は皆本のものと似ていました。研究者はそれまで使っていた実験施設や方法をかえられません。不思議に思った私はそこに放置されたこの帳面を失敬して帰り、過去の聖夜兄様の筆跡と比べ、確信しました。」
「では父上が生きているのを見たわけではないのだな。」
「しかし、高い確率で生きて、実験していらっしゃることはたしかです。証拠はここにある帳面です。」
真昼様は自信有り気に言い放つ。それは確信以外何者でもない強い意志がそうさせているようだった。
「しかし。生きておられるならなぜかえってこられない?」
「わかりません。しかしこの帳面は生きておられる事実を示しております。薬への情熱も失っていない。」
俺は深くため息をついた。確信は持てないが、真昼様のいうことには根拠があるように思えた。

「…俺は朝陽兄上の暴政を許せぬ。皆本一門を私物化し、父上の殺害を企て、母上は正気をうしなった。」
水をうったかのように2人の間に沈黙が一瞬横たわるが先に口を開けたのは朱夏だった。
「真昼様の言葉に従おう。よく考えたらそれしかないな。名案だ」
朱夏うんうんと独りで頷いた。
こんなこと自分たちだけで決めて良いことではないかもしれない。これが俺が出来る最大の防御だ。
目をそらしてはいけない。
皆本のために、いや、俺は俺のために正直にならなければならない。
「真昼様」
朱夏様は両こぶしを握り締めて、唇を少し震わせる。
「俺は女だ。そして婚姻の件承諾しよう。」
「ありがとうございます」
真昼様は机に額がつくほど頭を下げる。
「安心してわたしのものにおなり下さい。」
満面の笑み。
この笑顔は仮面か否か。
朱夏には判断できなかった。