かまどについた火を落とすと急に部屋の中が薄暗くなった気がする。
朱天楼は星が出るころに閉めてしまう。酒は出さない。店の奥の小さな机で春女や朱夏とおそい夕食をとる。
朱夏は太陽が昇ったとおもったら店の裏口から入ってきて、疲れていることをおくびにも出さずに笑顔で裏口から出て走ってルナカムイに帰っていく。聖哉さんは冬児様にほとんど付きっ切りで疱瘡病の治療薬やほかの薬を作っているからあの「親子」があの簡易パオで落ち合うことはあまりないだろう。
「本当に大丈夫なのかな。」
つぶやいて朱夏の残像が残る裏口を見やる。
朱夏がルナカムイに帰ってしまったらかまどの火を落とすのだが、部屋がなんだか暗くなってしまうのは彼女がいなくなったせいなのかとも思う。
「なにが?」
春女は机を挟んで編み物をしていた手をとめ片付けしながら聞いてくる。
かまどの火を落としたら、就寝するのが俺たちの間の取り決めだった。
「朱夏のこと。いつも笑顔で、時折怖いくらいだよ。あの年頃なら遊びたがったり、反抗したりするものだろう。2年前のこともあるし。前に目の上をケガしたこともあった。」
春女も手を止める。
「もっと遊んでほしいし、反抗してほしいの?確かに2年前にも立ち直りは早かった。子供だったから回復が早いのもあるだろうし、私も秋良も聖夜さんもフォローしたじゃない?何が心配なの?素直に育ってること?」
「いや、なにがってわけでもないんだけどな。うまく言葉にできない。」
「朱夏は心優しいテグル族を背負うウサギになれるわ。あの子は時代を変える。もう寝ましょ。明日も早いわ。」
春女は壁際の簡易ベッドに身を寄せる。
俺は心にもやを抱えながら灯りを消した。