数刻後、私が目覚めたのは綱兄様の部屋であった。
「真昼様、気づかれましたか?」
心配そうにのぞき込む綱兄様の顔が目に入った。
せっかく深く寝入ったというのに首に汗をかいた感触が残り、もっとも見たくない悪夢を見た後のような後味の悪さだった。
「綱兄様・・。」
やっとのことで出した声が聞いたこともないようにかすれていた。のどが渇いて死にそうだ。
どこかに水がないかと手を伸ばすと自分の手には包帯がまかれ、血がにじんでいるのが見えた。
指を少し開いただけで掌が裂けたようにじんじんと痛む。
それだけではない。体中が裂けてしびれているような感じで節々に痛みが走る。
「まだ無理をしてはなりません。」
綱兄様の静止を聞かずに布団から起き上がるが体中がだるかった。
着物は綱兄様が使っていたものなのだろう、すこし古いが着心地のいいものだった。
しかし血の匂いに振り返ると枕元に血や泥にまみれた私の着物だったものが丸めておいてあった。
「案ずることはありません。この結末が小春様と貞女ののぞんだものでした。」
「はい」
私は渇いたのどから心の声を絞り出した。
「うぅぅ」
嗚咽が漏れる。
出さずにはおられなかった。
綱兄様が私の丸まった背をさする。
「真昼様は覚えていないフリを。傷ついていないふりを」
「壊れそうです。」
心の私が冷たくつぶやく声が聞こえる。
綱兄様はいつもの笑顔であるものの感情を殺した冷たい視線をむける。
「任務によく耐えていただきました。」
罪のない人間を殺すという経験を自身も体験してきたのだろう。
そんな口ぶりだった。
「小春様、貞女」
私は呟くと、自分の犯した罪につぶされるようにその場に体を押し付ける。
「小春様の身体は度重なる堕胎と不妊の薬でいつしんでもおかしくなかった。貞女は重い反胃。もういくばくも命はなかった。それよりふたりは真昼様に未来を託したのです。ここを一歩でもでたなら、朝陽兄上の犬になり、好機を待つのです」
「なんの好機だ!?そもそも朱夏様の安否は確認できたのか?」
「朝陽様が蛇男におわせたが仙湖に飛び込んだ後行方がわからないそうです。蛇男も霊木に生気を吸われ報告後すぐ死んだそうです。」
手練れの薬草採取者でも命綱なしで潜ることは不可能とされている仙湖。
そこに落ちたとなれば命は・・・。
「朱夏様はもう帰ってこないでしょう。」
冷たい綱兄様の声。
それに反対するように神に祈らずにはいられない。
真昼の前で渡辺綱は冷たい言葉を言いはなった。
「我々は真昼様を当主にする。」
追い打ちをかける言葉に真昼は信じられない面持ちだった。
「は!?」
乱暴な言葉が反射的に出た。
「…こんなときに冗談はやめてください。朱夏様を切り捨てるのか?三聖人は庶子の私を切り捨てるといっていたじゃないですか。」
「私たちとて苦肉の策です。正当な血筋はあなたしか残っていない。朝陽様の暴政を止められるのはもう真昼様しかいません。」
「そんな。」
なんという変わり身のはやさ。真昼は落胆した。
三聖人ですら朱夏様が居なくなった悲しみより当主の候補が居なくなったことを悲しんでいるように感じた。
朱夏様のおかれた微妙な立場がひしひしと伝わってくるようだった。
「皆本のためです。朝陽様を当主から引きずりおろすためです。」
綱兄様が畳に頭をすり付けるような態勢だった。
貞女の声が聞こえる気がした。
「朱夏様が帰ってこなければ三聖人は次の当主に真昼様を押すでしょう。本来であれば朱夏様ではなく真昼様が当主になるべきお方。さすれば、朱夏様はテグル族としてまたかならず帰ってきます。再び我々テグル族と皆本が手を取って歩むために。」
私が殺してしまった貞女の最後の言葉。
貞女、朱夏様は帰ってこないんだ・・。
真昼は思い出して、涙を奥歯でかみしめた。
「わかりました。私は犬になりましょう。そして、朝陽兄上を討って当主、いや、どうせなら聖者にまで上り詰める。」
「承知しました。私をはじめ三聖人は全力で真昼様に尽力いたします。」
この日より、わたしは目標を変える。
私が当主になり朱夏様を娶って幸せにしてあげたいと思っていた。
朱夏様。
もう天の国につきましたか?
小春様や貞女とあえましたか?
私は聖者になります。
朝陽兄上がなしえなかった聖者になって見せる。
本来人間を斬ったような者が聖者になれるほど甘くない。
しかし仮面ならかぶれる。
聖者の仮面をかぶるのだ。
貞女と小春様を守れなかった。
朱夏様を守れなかった。
私が朱夏様との小さな幸せを追い求めたせいだ。
真昼はそばにあった眼鏡をかける。
朝陽兄上や皆本の者全員、聖者の仮面をかぶった私の前に傅かせる。
こんな仕打ちをした人間全員だ。
朱夏様。
あの時、決死の覚悟のように唇に触れてきたあなた。
真昼は自分の口にそっと手を当て、思い出す。
罪を償ったらあの世まで会いに行きます。
背嚢にはいっていた婚約証明書を大切に握りしめ、真昼は涙をぬぐった。
「真昼様、気づかれましたか?」
心配そうにのぞき込む綱兄様の顔が目に入った。
せっかく深く寝入ったというのに首に汗をかいた感触が残り、もっとも見たくない悪夢を見た後のような後味の悪さだった。
「綱兄様・・。」
やっとのことで出した声が聞いたこともないようにかすれていた。のどが渇いて死にそうだ。
どこかに水がないかと手を伸ばすと自分の手には包帯がまかれ、血がにじんでいるのが見えた。
指を少し開いただけで掌が裂けたようにじんじんと痛む。
それだけではない。体中が裂けてしびれているような感じで節々に痛みが走る。
「まだ無理をしてはなりません。」
綱兄様の静止を聞かずに布団から起き上がるが体中がだるかった。
着物は綱兄様が使っていたものなのだろう、すこし古いが着心地のいいものだった。
しかし血の匂いに振り返ると枕元に血や泥にまみれた私の着物だったものが丸めておいてあった。
「案ずることはありません。この結末が小春様と貞女ののぞんだものでした。」
「はい」
私は渇いたのどから心の声を絞り出した。
「うぅぅ」
嗚咽が漏れる。
出さずにはおられなかった。
綱兄様が私の丸まった背をさする。
「真昼様は覚えていないフリを。傷ついていないふりを」
「壊れそうです。」
心の私が冷たくつぶやく声が聞こえる。
綱兄様はいつもの笑顔であるものの感情を殺した冷たい視線をむける。
「任務によく耐えていただきました。」
罪のない人間を殺すという経験を自身も体験してきたのだろう。
そんな口ぶりだった。
「小春様、貞女」
私は呟くと、自分の犯した罪につぶされるようにその場に体を押し付ける。
「小春様の身体は度重なる堕胎と不妊の薬でいつしんでもおかしくなかった。貞女は重い反胃。もういくばくも命はなかった。それよりふたりは真昼様に未来を託したのです。ここを一歩でもでたなら、朝陽兄上の犬になり、好機を待つのです」
「なんの好機だ!?そもそも朱夏様の安否は確認できたのか?」
「朝陽様が蛇男におわせたが仙湖に飛び込んだ後行方がわからないそうです。蛇男も霊木に生気を吸われ報告後すぐ死んだそうです。」
手練れの薬草採取者でも命綱なしで潜ることは不可能とされている仙湖。
そこに落ちたとなれば命は・・・。
「朱夏様はもう帰ってこないでしょう。」
冷たい綱兄様の声。
それに反対するように神に祈らずにはいられない。
真昼の前で渡辺綱は冷たい言葉を言いはなった。
「我々は真昼様を当主にする。」
追い打ちをかける言葉に真昼は信じられない面持ちだった。
「は!?」
乱暴な言葉が反射的に出た。
「…こんなときに冗談はやめてください。朱夏様を切り捨てるのか?三聖人は庶子の私を切り捨てるといっていたじゃないですか。」
「私たちとて苦肉の策です。正当な血筋はあなたしか残っていない。朝陽様の暴政を止められるのはもう真昼様しかいません。」
「そんな。」
なんという変わり身のはやさ。真昼は落胆した。
三聖人ですら朱夏様が居なくなった悲しみより当主の候補が居なくなったことを悲しんでいるように感じた。
朱夏様のおかれた微妙な立場がひしひしと伝わってくるようだった。
「皆本のためです。朝陽様を当主から引きずりおろすためです。」
綱兄様が畳に頭をすり付けるような態勢だった。
貞女の声が聞こえる気がした。
「朱夏様が帰ってこなければ三聖人は次の当主に真昼様を押すでしょう。本来であれば朱夏様ではなく真昼様が当主になるべきお方。さすれば、朱夏様はテグル族としてまたかならず帰ってきます。再び我々テグル族と皆本が手を取って歩むために。」
私が殺してしまった貞女の最後の言葉。
貞女、朱夏様は帰ってこないんだ・・。
真昼は思い出して、涙を奥歯でかみしめた。
「わかりました。私は犬になりましょう。そして、朝陽兄上を討って当主、いや、どうせなら聖者にまで上り詰める。」
「承知しました。私をはじめ三聖人は全力で真昼様に尽力いたします。」
この日より、わたしは目標を変える。
私が当主になり朱夏様を娶って幸せにしてあげたいと思っていた。
朱夏様。
もう天の国につきましたか?
小春様や貞女とあえましたか?
私は聖者になります。
朝陽兄上がなしえなかった聖者になって見せる。
本来人間を斬ったような者が聖者になれるほど甘くない。
しかし仮面ならかぶれる。
聖者の仮面をかぶるのだ。
貞女と小春様を守れなかった。
朱夏様を守れなかった。
私が朱夏様との小さな幸せを追い求めたせいだ。
真昼はそばにあった眼鏡をかける。
朝陽兄上や皆本の者全員、聖者の仮面をかぶった私の前に傅かせる。
こんな仕打ちをした人間全員だ。
朱夏様。
あの時、決死の覚悟のように唇に触れてきたあなた。
真昼は自分の口にそっと手を当て、思い出す。
罪を償ったらあの世まで会いに行きます。
背嚢にはいっていた婚約証明書を大切に握りしめ、真昼は涙をぬぐった。
