「真昼様、喉が乾いたし、さきに昼飯食わないか?」
洞窟から無言で手を引かれて足早にあるいている。
何も聞かれたくないのだろうと思って口を開かなかったが、もう喉が乾いて死にそうだ。
「足も手も痛い」
当然無視。奇妙な膠着状態を維持している。
「真昼様、聞いてるのか?痛いんだよ!」
「え!?」
真昼様は今聞こえたかのように俺を振り返る。
「何だよ、もしかしてまた俺の言葉が聞こえなかったりした?白酒の花のせいか?」
冗談めかしていうと、申しわけなさそうに頭を下げる。
「ご無礼つかまつりました。」
「本当に俺のことを嫌悪しているんだな。」
俺は真昼様に聞こえないくらい小さな声でつぶやき、ふん、と顔を背ける。
再確認してしまうが、先ほどの冬児様の言葉を思い出す。
俺は俺として生きていく。
別に真昼様に嫌われていてもいい。
俺が好きなんだからそれでいい。
受け入れてもらえるなんて最初から思っていないんだから。
ふーっと、息を深く吐いた。心を落ち着かせるためだ。
「聞こえてなかったなら、もう一度はなす。足も痛いし、手も痛い。飯も食えて休めるところ知らないか?」
申しわけなさそうな、いや、なんだか子供が迷子になって不安そうな顔になっている真昼様に提案した。
「婚約という一大事を前にして、落ち着いていますね。」
呆れたようにいわれたあとすぐに、ぐーっと俺のおなかから音がした。その音を聞いて真昼様はくすっとわらう。
小さく俺たちの馬も見えてきた。
あそこは神殿の入り口だ。
「真昼様が歩かせ続けるからだろ?こういう時こそ食べなければ。神殿で婚約するより先にな。」
「・・・朱夏様がそう言うなら良いところがあります。」
真昼様はそういうと、スタスタとあるいていってしまった。
婚約は王都にいくつかある役所やその出張所で手続き出来るらしい。
「朱天楼、か。」
古ぼけた木の看板を見上げると、小さく役所出張所、と書いてあった。
「ここは役所でもあり、食堂でもあるのです。王都にはこのような店が結構あるのですよ。それから、店の中では朱夏様を呼び捨てにします。高貴な身分と言うことが周りにわかってはどんな面倒にまきこまれるかもしれませんから。」
「わかった。俺も真昼様を呼び捨てでよべばいいのだな」
「ええ。それに俺ではなく、一人称は私にしてください。婚約するというのにお互い男ではあやしまれます。」
「確かにそうだが、こんな男みたいな恰好で大丈夫だろうか。」
「朱夏はこのままで十分かわいらしいですよ。」
呼び捨てされると、心が持って行かれそうだ。
俺は、頬が赤くなるのをかんじた。
「からかうな」
これは策略の一部なんだから、俺にも出来るはず。
俺は自分にいいきかせ、ほっぺを両手で強くひっぱたく。
「では真昼。私と一緒に参りましょう」
幾分声色を高くすると不思議に女に戻れたような気がした。
「よくできました。」
真昼様は楽しそうに笑うと、店にはいる前に、もう一度、お互い呼び合い練習して店にはいった。