「なんだろう……?」
翠は重さの確認をしてからリボンを解き、包装紙をはがしていく。
中から出てきたものを見て、「香水?」と首を傾げた。
「そう。名前が翠好みだと思って」
翠はケースに書かれた文字をじっと見て、さらに首を傾げる。
「これ、なんて読むの? それ以前に何語?」
俺はできるだけ平静を装って答える。
「エクラドゥアルページュ。フランス語」
「訳は?」
「光のハーモニー」
翠は目をぱっと輝かせ、
「わぁ、すてきっ! 色も薄紫できれいね? どんな香り?」
え……? どんな香り……?
そこではたと我に返る。
香水名と翠が喜びそうな藤色の液体に満足した俺は、香りの確認までしてはいなかった。
「実際にかいでみれば?」
「そうする」
翠は嬉々として手ぬぐいを用意する。
大丈夫、だよな……?
翠がスプレーノズルに指をかけた瞬間、緊張が極度に高まる。
ひと吹きすると、自分のもとまで香りが届いた。
初めて嗅いだ香りに、「これじゃない」感が自分を襲う。
不快な香りではない。でも、翠のイメージかと言われると、少し違う気がする。
「いい香り……でも、なんだかおとなっぽい香りだね」
「……確かに」
言われて思う。
そうか、これは「おとなっぽい」というジャンルに振り分けられる香りなのか、と。
翠は俺を凝視した状態で、
「ツカサはこの香水の香り、知っていたんじゃないの?」
「いや……」
思わず顔を背けてしまったのは無意識のこと。
香りを確認せずプレゼントしたとは言いづらい。でも、この状況では言わざるを得ないか……?
「ツカサ……?」
視線を戻すと、責めを含まない目が俺を見ていた。
「香りは確認してなかった。ただ、ネットで名前を見つけたとき、翠が好きそうな名前だったから……」
正直に述べると、翠はクスクスと笑う。
「どんな香りの構成なのか知りたいから、少しネットで調べてもいい?」
俺は無言で、テーブルに置いてあったタブレットを差し出した。
香水の名前を入力すると、すぐにいくつものサイトがヒットする。
翠はそのうちのひとつを表示させ、香りの構成を口にしていく。
それとは違うペースでそのページを読み進める。と、香りの構成が書かれた下には、キャッチコピーのような言葉が添えられていた。
「エクラドゥアルページュは甘すぎない大人な香り」――
……やってしまった。もっとしっかりリサーチしてからプレゼントに決めるべきだった。
正直、指輪のデザインに時間をかけすぎて、香水のリサーチにはさほど時間をかけていなかった。
ただ、選んでいたときの自分は、これ以上ないくらい翠にぴったりな香水名に満足し、それ以上のことを調べようとしなかったのだ。
痛恨のミスとはこのことか……?
キャッチコピーの下に連なる口コミは、投稿している年代が二十代後半や三十代。十代の口コミは一切ない。
やらかした……。
翠が困らないよう、早々に手を打つことにしよう。
「香り、嫌いだったらつけなくていいから」
「えっ、嫌いじゃないよっ!?」
翠は慌てて言葉を継ぎ足す。
「あのっ、少し大人っぽい香りだなって思っただけで、嫌いとかつけたくないとかそういうことじゃなくて――」
「無理しなくていいんだけど」
「無理なんてしてないっ。ただ、普段使いはできないから、ツカサとどこかへ出かけるときや、特別な日につけたいなって……。名前もすてきだし、本当に、嬉しいよ? ありがとうね?」
翠は俺に取り上げられないように、とでもいうかのように、香水を手に取り握り締めた。
ところで、香りには普段使いできるものとできないものがあるのだろうか……。
自分が香水をつけることはなたいめ、そのあたりの知識はまるでない。
「普段使いできる香りってどんなの?」
翠は不意をつかれたような顔で、
「えっ? ……えぇと、香りの弱いコロンとかかな?」
「コロン?」
「うん。香水にはいくつか種類があって、香りの持続時間に差があるの」
「つまり、香りの強さが違うってこと?」
「そう。これは香りの強いオードパルファムだから、学校にはつけていかれない」
翠はタブレットに香水の種類を表示させ、わかりやすく説明してくれた。
そこからすると、翠が普段使いできるのはコロンというタイプの香水か、穏やかに香る練り香というものらしい。
「コロンってどこで売ってるもの?」
おそらく、ネットでも売ってはいるだろう。けれど、もう失敗はしたくはない。
翠は首を傾げながら、
「ドラッグストアとか?」
え? ドラッグストア……? そんなところに売っているのか……?
「坂を下ったところにあるドラッグストアにもある?」
「え? うん、あると思うけど……?」
「じゃ、今から行こう」
翠はひどく驚いた顔をした。
「えっ!? どうしてっ!?」
どうしてって、普段使いできるものをプレゼントしたいからに決まってる。
「あの、本当にこの香水の香り、好きよっ!?」
翠は全面にエクラドゥアルページュを押し出してくる。
「でも、普段使いはできないんだろ?」
翠は何も言えずに口を閉じた。
別に申し訳なく思う必要とかないんだけど……。
「俺のわがままに付き合って」
翠は小さく口を開け、「わが、まま?」と口を動かした。
「自分がプレゼントした香りをつけていてほしい。いわばマーキングみたいなもの」
翠ははっとしたように、
「秋斗さんからいただいた香水が原因……?」
それは間違いじゃない。でも、肯定できるほど潔くもない。
答えない俺に、「肯定」を感じ取った翠は、
「もう、秋斗さんからいただいた香水は身につけてないよ? 時々ルームスプレーとして使ってるだけ」
不安そうに口にした。
あの香水を気にしていないと言ったら嘘になる。でも、それだけじゃない。ただ、自分がプレゼントしたものを身にまとって欲しいという単なるわがまま。独占欲に由来する。
「秋兄の香水を使うなとは言わない。でも、わがままは聞いてほしい」
これ以上抵抗してほしくなくて、できるだけゆっくり、想いを聞き届けてもらえるように話す。と、翠は静かに従ってくれた。
翠は重さの確認をしてからリボンを解き、包装紙をはがしていく。
中から出てきたものを見て、「香水?」と首を傾げた。
「そう。名前が翠好みだと思って」
翠はケースに書かれた文字をじっと見て、さらに首を傾げる。
「これ、なんて読むの? それ以前に何語?」
俺はできるだけ平静を装って答える。
「エクラドゥアルページュ。フランス語」
「訳は?」
「光のハーモニー」
翠は目をぱっと輝かせ、
「わぁ、すてきっ! 色も薄紫できれいね? どんな香り?」
え……? どんな香り……?
そこではたと我に返る。
香水名と翠が喜びそうな藤色の液体に満足した俺は、香りの確認までしてはいなかった。
「実際にかいでみれば?」
「そうする」
翠は嬉々として手ぬぐいを用意する。
大丈夫、だよな……?
翠がスプレーノズルに指をかけた瞬間、緊張が極度に高まる。
ひと吹きすると、自分のもとまで香りが届いた。
初めて嗅いだ香りに、「これじゃない」感が自分を襲う。
不快な香りではない。でも、翠のイメージかと言われると、少し違う気がする。
「いい香り……でも、なんだかおとなっぽい香りだね」
「……確かに」
言われて思う。
そうか、これは「おとなっぽい」というジャンルに振り分けられる香りなのか、と。
翠は俺を凝視した状態で、
「ツカサはこの香水の香り、知っていたんじゃないの?」
「いや……」
思わず顔を背けてしまったのは無意識のこと。
香りを確認せずプレゼントしたとは言いづらい。でも、この状況では言わざるを得ないか……?
「ツカサ……?」
視線を戻すと、責めを含まない目が俺を見ていた。
「香りは確認してなかった。ただ、ネットで名前を見つけたとき、翠が好きそうな名前だったから……」
正直に述べると、翠はクスクスと笑う。
「どんな香りの構成なのか知りたいから、少しネットで調べてもいい?」
俺は無言で、テーブルに置いてあったタブレットを差し出した。
香水の名前を入力すると、すぐにいくつものサイトがヒットする。
翠はそのうちのひとつを表示させ、香りの構成を口にしていく。
それとは違うペースでそのページを読み進める。と、香りの構成が書かれた下には、キャッチコピーのような言葉が添えられていた。
「エクラドゥアルページュは甘すぎない大人な香り」――
……やってしまった。もっとしっかりリサーチしてからプレゼントに決めるべきだった。
正直、指輪のデザインに時間をかけすぎて、香水のリサーチにはさほど時間をかけていなかった。
ただ、選んでいたときの自分は、これ以上ないくらい翠にぴったりな香水名に満足し、それ以上のことを調べようとしなかったのだ。
痛恨のミスとはこのことか……?
キャッチコピーの下に連なる口コミは、投稿している年代が二十代後半や三十代。十代の口コミは一切ない。
やらかした……。
翠が困らないよう、早々に手を打つことにしよう。
「香り、嫌いだったらつけなくていいから」
「えっ、嫌いじゃないよっ!?」
翠は慌てて言葉を継ぎ足す。
「あのっ、少し大人っぽい香りだなって思っただけで、嫌いとかつけたくないとかそういうことじゃなくて――」
「無理しなくていいんだけど」
「無理なんてしてないっ。ただ、普段使いはできないから、ツカサとどこかへ出かけるときや、特別な日につけたいなって……。名前もすてきだし、本当に、嬉しいよ? ありがとうね?」
翠は俺に取り上げられないように、とでもいうかのように、香水を手に取り握り締めた。
ところで、香りには普段使いできるものとできないものがあるのだろうか……。
自分が香水をつけることはなたいめ、そのあたりの知識はまるでない。
「普段使いできる香りってどんなの?」
翠は不意をつかれたような顔で、
「えっ? ……えぇと、香りの弱いコロンとかかな?」
「コロン?」
「うん。香水にはいくつか種類があって、香りの持続時間に差があるの」
「つまり、香りの強さが違うってこと?」
「そう。これは香りの強いオードパルファムだから、学校にはつけていかれない」
翠はタブレットに香水の種類を表示させ、わかりやすく説明してくれた。
そこからすると、翠が普段使いできるのはコロンというタイプの香水か、穏やかに香る練り香というものらしい。
「コロンってどこで売ってるもの?」
おそらく、ネットでも売ってはいるだろう。けれど、もう失敗はしたくはない。
翠は首を傾げながら、
「ドラッグストアとか?」
え? ドラッグストア……? そんなところに売っているのか……?
「坂を下ったところにあるドラッグストアにもある?」
「え? うん、あると思うけど……?」
「じゃ、今から行こう」
翠はひどく驚いた顔をした。
「えっ!? どうしてっ!?」
どうしてって、普段使いできるものをプレゼントしたいからに決まってる。
「あの、本当にこの香水の香り、好きよっ!?」
翠は全面にエクラドゥアルページュを押し出してくる。
「でも、普段使いはできないんだろ?」
翠は何も言えずに口を閉じた。
別に申し訳なく思う必要とかないんだけど……。
「俺のわがままに付き合って」
翠は小さく口を開け、「わが、まま?」と口を動かした。
「自分がプレゼントした香りをつけていてほしい。いわばマーキングみたいなもの」
翠ははっとしたように、
「秋斗さんからいただいた香水が原因……?」
それは間違いじゃない。でも、肯定できるほど潔くもない。
答えない俺に、「肯定」を感じ取った翠は、
「もう、秋斗さんからいただいた香水は身につけてないよ? 時々ルームスプレーとして使ってるだけ」
不安そうに口にした。
あの香水を気にしていないと言ったら嘘になる。でも、それだけじゃない。ただ、自分がプレゼントしたものを身にまとって欲しいという単なるわがまま。独占欲に由来する。
「秋兄の香水を使うなとは言わない。でも、わがままは聞いてほしい」
これ以上抵抗してほしくなくて、できるだけゆっくり、想いを聞き届けてもらえるように話す。と、翠は静かに従ってくれた。