「さっそく来てましたか」
 ニコニコと笑いながらやってきた弓弦に俺は噛み付く。
「あんなメール見たら来ないわけないだろっ!? っていうか、コンサートは?聴いてくれたんだよなっ!?」
「もちろん。彼女も一緒でしたよ」
「まじっ!? どうたったっ!?」
 勢いに任せて尋ねると、彼女は身を引いた状態で固まっていた。
 よく固まるやつだな……。
「慧くんストップ。そもそも、自己紹介は済んだの?」
 彼女と俺の間に立った弓弦に尋ねられ、
「あー……名前言ったくらい?」
「じゃ、改めて――こちら、倉敷慧くん。この大学の器楽科ピアノ専攻の一年生です。因みに、名前からお察しいただけるかと思いますが、おじいさんがこの大学の理事長で、お父様は有名な指揮者、倉敷智典さん。お母さんはピアニストの小鳥遊早苗先生」
「えっ、あっ、倉敷って――」
「学校と同じ名前、以上」
 弓弦のやつ、余計なこと言いやがって……。
 俺が嫌がるのわかってるうえで話してるから性質が悪い。
 弓弦いわく、「親が誰とか家がどうとか、付き合っていくうちに知れることなのだから、最初に知られようが途中で知られようが何も変わらないでしょ?」だ。
 でも、知られないうちは偏見の目で見られることはない。そう言ったら、「自分をちゃんと見てくれる人は、背景を知っても知らなくてもきちんと見てくれる。対応を変えないでくれる。そういう友達を大切にすればいいんじゃないかな」と言われ、あまりの正論にぐうの音も出なかった。
 こいつは、どうだろう……。俺をひとりの人間として見てくれるだろうか――
 弓弦は俺たちの関係から何から何まで包み隠さず話していく。その話を、彼女はとても真剣な様子で聞いていた。
「っていうか、響子と弓弦は俺の子守役だったよな?」
「そうだね、否定はしないよ」
「ってかさ、さっきから訊きたかったんだけど、なんでこいつと弓弦が一緒にいんだよ」
「あぁ、その話はまだでしたか」
 弓弦は俺と彼女を見比べ、「どっちから説明しようかな」と首を捻る。
「そうですね、まずはこっちから……」
 弓弦は彼女へ向き直り、
「僕に御園生さんの名前を教えてくれたのは慧くんなんです」
「え……?」
「御園生さんが一度だけ出たことのあるコンクール。あなたはそこで最優秀賞に選ばれた。にも関わらず、体調不良を理由に賞を辞退した。その結果、最優秀賞は空席扱いとなり、慧くんは二位入賞。常に最優秀賞を受賞していた慧くんが二位という事態に陥ったのは、後にも先にもあの一回のみでして、彼の中に多大なる遺恨を遺したわけです」
「だああああああっっっ――そこまで言うことないだろっ!?」
 それ以上は言うなよっ!?
 すっごくかわいい女の子だったとか、また会いたいとかほざいていたことまでは言わないでくれっ! さすがに恥ずいっっっ。
 弓弦はクスクスと笑いながら話を続ける。俺は冷や汗をかきながらその様子を見ていた。