その場に残された私は、車椅子を押す秋斗さんを振り返りながら、
「秋斗さん、どうして……? どうしてここにいるんですか?」
「そうだなぁ……仕事っていうか趣味っていうか、つまりは市場調査?」
 仕事? 趣味? 市場調査……?
 答えらしきものをもらったにも関わらず、頭の中のクエスチョンマークは消えてはくれない。
「早い話、この大学の警備体制がどんなものかちょっと気になってね」
「唯兄と蔵元さんと合流するって、ここでです……?」
「そっ。唯はこういった実地調査に出たことがないからね。今ごろ蔵元にノウハウを叩き込まれてるんじゃないかな」
「でも、蔵元さんはもう警備会社は退社されたんじゃ……」
「うん、そうなんだけど、蔵元って基本、俺にいいように使われる宿命なんだよね」
 言いながら秋斗さんは満足そうに笑った。
 そこへ、
「翠葉ちゃん?」
 声をかけられ前方に視線を戻す。と、そこには柊ちゃんが立っていた。
「柊ちゃん!」
「やっぱ翠葉ちゃんだった!」
 駆け寄ってきた柊ちゃんと無事待ち合わせできたことを喜んでいると、
「じゃ、俺は行くね」
 秋斗さんは近寄ってきたときと同じくらい颯爽と、人ごみに紛れていなくなった。
「今の誰? 稀に見るイケメンだったけど、もしかしてお兄さんっ?」
「違います」
「じゃ、彼氏?」
「それも違くて……」
 誰……誰、誰……。
 きっと、柊ちゃんは秋斗さんの名前を知りたいわけではなく、私との関係性を知りたいのだろう。その場合、なんと説明したらいいものか……。
 唯兄の上司で蒼兄の先輩――。
 これだけだと私とはなんの関係もない人に思える。かといって、「友人の――」と紹介するのは私的に違和感が拭えない。
 でも、「知り合い」という説明だとひどく希薄な関係に思えるし……。
「うーん……」
「ごめん、そんなに悩ませる質問だった?」
「えぇとね……唯兄の上司で蒼兄の高校の先輩なの。で、今お付き合いしている人の従兄で、海斗くんのお兄さんでもある」
「ふむ……つまりは顔見知りって感じ?」
 そうなるよね……。
「もともとは兄つながりの知り合いだったのだけど、今は家族ぐるみで仲良くしてもらってる人……かな」
 柊ちゃんはきょとんとした顔をしている。
「うーん……『友達』って言葉が使えたらいいのだけど、九歳も年が離れていると『友達』って気安さはなくて、でも『知り合い』よりは明らかに親交が深くて……」
「絶対年上だとは思ったけど九歳かっ! それは確かに『友達』って感覚はないかも。……でも、そんな人がどうして一緒だったの? 送ってきてくれるのは彼氏って言ってなかった?」
「うん。送ってきてくれたのはツカサなのだけど、着いたら秋斗さんがいて……」
「何それ」
 私は首を傾げながら、
「市場調査?」
「え?」
「お仕事、なのかな……? よくわからないけれど、仕事のような趣味のような市場調査って言ってた」
 自分自身きちんと理解していないだけに、柊ちゃんに十分な説明をすることはできなかった。