車だと五分とかからずにマンションへ着いてしまう。
 さすがにツカサに抱えられて帰ってきたら家族がびっくりするだろう。だから、お願いにお願いを重ね、ゲストルームまでは自力で歩かせてもらうことにした。
 九階で降りてはたと思う。
「先に楓先生の家だよね?」
「いや、ゲストルームでかまわない」
「どうして……?」
「兄さんに来てもらうから」
「そんなっ、申し訳ないよっ」
「人の好意はおとなしく受け取ってくれないか?」
「でも……」
 だってそれは、楓先生の好意? それともツカサ……?
「あのさ、怪我をしてる翠を極力動かしたくないって俺の気持ちくらい汲めないの?」
 あ、ツカサだ……。
 ……えぇと、これはツカサ流の感情表現とか愛情表現とか心配の仕方なのかな……。
 蒼兄や唯兄、両親のそれとは違った形の心配だったり過保護のような気がしなくもないけれど
――。
「じゃ、お言葉に甘えさせていただきます」
 私が折れてゲストルームへ足を向けると、「それに」という接続詞が後ろから聞こえてきた。
 振り返るとツカサはそっぽを向いていて、
「もし煌が寝てたら起こすの悪いし、寝てて起きても最初から起きてても、翠が来たって興奮したら寝付かなくなりそうだし……」
 らしくなく、ポロポロと零す言い訳がかわいく思えて仕方がなかった。だから、
「うん、そうだね」
 と、ツカサの腕にそっと手を添えた。
 どうしてかな……。
 身体の一部に触れているだけなのに、それだけで自分の気持ちもツカサの気持ちも落ち着く気がしたのだ。
 人と関わるうえで、「相手に触れる」という行為はとても大切なことなのかもしれない。そんなこと、当たり前なのかもしれないけれど、「触れる」というハードルが高すぎて、「自然に思える」には至らなかった。でも、今の気持ちなら、徐々に触れられるようになる気がする。
 きっと、そう思えるようになったことがひとつの進歩なのだろう。