ツカサに見送られてゲストルームのドアを開けると、電話の子機を持った唯兄が玄関に立っていた。
 子機が電子音を奏でているところを見ると、現在進行形で誰かと通話がつながっているのだろうけれど……。
「さすがは司っち。八時ジャストだよ」
 玄関に置いてある時計を見て納得するも、
「電話中じゃないの……?」
「あぁ、これ? リィに電話。音楽教室のセンバ先生から」
「仙波先生……?」
「あれ? 知らない人? それなら切っちゃうけど――」
 唯兄の動作に焦りを覚え、
「知ってるっ。知っているしお世話になっている先生っ」
 私は慌てて子機を取り上げた。
「なんだ。じゃ、早く出てあげな。でも、みんなご飯お預け食らってるから手短にね!」
「はい」

 自室に入って通話を再開させ、
「お待たせしました、翠葉です」
『こんばんは、天川ミュージックスクールの仙波です。お兄さんが今帰ってきたって仰ってたけど、いつもこんなに遅いんですか?』
「いえ、いつもは遅くても七時までには帰宅しています。ただ、毎年この時期だけは例外なんです」
 十月末に大きな行事があり、九月からの二ヶ月間、放課後という時間をすべて準備に費やすことになる旨を説明すると、
『なるほど、だから先月からレッスンがお休みだったんですね』
「はい」
『次のレッスンはしごき甲斐がありそうですね』
 クスクスと笑う先生に、
「あの、先生のご用件は……?」
『あぁ、話が逸れてすみません。僕の用はちょっとしたお誘いです』
「お誘い、ですか……?」
『今週の土日、倉敷芸大の学園祭なんですが、知ってましたか?』
「いえ……」
『じゃ、学園祭に行く予定もありませんよね?』
「はい……」
『実は、知り合いから学園祭で行われるコンサートのチケットをもらってるんです。予定がなければどうかな、と思いまして』
「行きたいですっ!」
『日曜日の昼過ぎなんだけど、予定大丈夫ですか?』
 日曜日の昼過ぎ――……ついさっきツカサと紅葉を見に行く約束をしたばかりだ。
 でも、もう長いこと生演奏なんて聴いていないし、大学の学園祭にも興味がある。
 ツカサとの約束を土曜日に変更してもらうことは可能だろうか……。
「先生……ものすごく行きたいのですが、お返事するの、明日でも大丈夫ですか?」
『かまいませんよ。柊ちゃんも一緒に行くことになっているので、返事は柊ちゃんに連絡してもらってもいいですか?』
「わかりました。お電話ありがとうございます」
『どういたしまして。御園生さんは明日で体育祭が終わるんでしたっけ?』
「はい。終わったら、ピアノの練習がんばらなくちゃです」
『そうですね。二ヶ月のブランクは大きいです。でも、根詰めすぎて腱鞘炎にならないように。それから、くれぐれも体育祭で怪我をしないように気をつけてください』
 そう言われて通話は切れた。