いやいや。
平常心。平常心。
せっかくの楽しいフェスなんだから。
体育座りをしているわたしは、お尻の下の辺りの芝生を一本、ぷちりと切り離した。
「でも……そう思ってたけど、クニオ見てたら、いいなあって思った」
「へ?」
「ちょっとあいつの背中を押して、それで上手くいってくれたら、何かおれも嬉しいし」
「あ、わかる! わたしもそう思った」
わたしは手にした一本の草を再びお尻の下に埋めた。
クニオもユカチンも幸せになって、もっと2人の毎日が楽しくなったらいいなと思っていた。
「……そういうトシミちゃんは、どうなの?」
いつもと同じ。
心地よい音で、阿部くんはぼそりと言葉を発していた。
「え……?」
彼は今、普通にステージを眺めているのだろうか。
それともわたしの表情を見ようとしているのだろうか。
色々と気持ちがごちゃまぜになっているわたしは、
隣にいる阿部くんを視界に入れることができなかった。
「わたしは……。って、あー! そろそろスターフィッシュってバンド、向こうのステージで始まるし。行かなきゃ!」
そう言って、阿部くんの腕をひっぱり、わたしは立ちあがった。
おっとと、とよろけながら彼も腰を上げた。
「わたしは、クニオとユカチンはもちろんだけど、阿部くんにも幸せになってほしい。
だってわたし、阿部くんにすっごく支えてもらってるから!」
今はこのままでいいんだ。
わたしのこの気持ちは恋かどうかもまだ分からないし。

