「あ、あはは……ごめん。ばかとか言っちゃって」
トシミちゃんは、頬を赤く染めて首をこくりと下に落とした。
『あべくんのばか』
微妙に不自然な文章によって、僕はすぐ気がついた。
そしてこれが彼女の精一杯なんだろうと。
「もしかして、阿部くん、先生からの手紙……」
「ん?」
「だいすきだよ、って書いてるの、知ってた?」
「うん、一番左の文字を縦に読むと、でしょ。知ってた」
「えええ!? そうなの!?」
突然、トシミちゃんは、大声を出し全身をびくつかせた。
もうすぐ夜が明ける時間だけど、まだあたりは暗く、街灯の光が僕たちを照らしている。
朝夕はひっきりなしに鳴るこの踏切も、この時間はまだ静かに道を開けている。
「だったら何で? 阿部くんと先生は両思いだったんじゃん」
トシミちゃんは、戸惑いの表情を浮かべてそう訴えた。
「おれね……先生がいなくなった後、会いたいって思ってたけど、
あの手紙を見た瞬間、先生がそう思ってくれた気持ちだけで、もう十分だと思ったし、これ以上望んじゃいけないって思った」
「どういうこと?」
「だっておれが先生の人生をおかしくした原因だから。一緒にいても先生は苦しむだけじゃないかって。
おれも罪悪感の方が大きくなる気がして。だから逃げた」
「…………」
「ってか、たまたま文字がそう並んだだけかもしれないじゃん」
先生のことは好きだった。
憧れだったのかもしれないけど。
でも僕と一緒になったところで、先生は幸せにはなれないと思った。
こっちに戻って再会した時、先生が婚約していることを知って、心のどこかでほっとしている自分がいた。
わがままだけど、先生は、僕の『先生という存在』でいて欲しかった。

