昨日の夜、阿部くんから電話がきた。
明日……つまりは今日。
15時台の新幹線でこの町を発つと。
わたしが、部活だから見送りに行けない、と伝えると、
彼はそっか、と細い声でつぶやいた後、こう続けた。
『前にトシミさ、トシミと先生、2人がおぼれてたらどっち助ける? って聞いたじゃん』
『うん』
『おれ、2人を助けて自分が海に飛び込む』
『……あはは。それじゃ誰も幸せにできないし、せーちゃんがそうなるのわたし望んでないよ』
『でも……もしトシミが逆の立場だったら、そもそも救助船に乗ってなさそうだね』
『え?』
『だって、みんなが我先にって感じで、必死になって船に乗り込もうとするでしょ。みんな助かりたいはずだし。
でも、トシミがそうやってる姿、想像できなくて』
『うーん。実際その場にいたらどうなるか分かんないけど、
もし人がいっぱいで自分が助かるの無理だって分かったら、子どもや弱っている人を助けて乗せてあげたいかも。もちろんせーちゃんも』
『でもおれもそんなことは望んでないよ』
阿部くんも、わたしも、驚くほどに淡々としたトーンで話していた。
でも、わたしはあの時――先生と高崎駅で会った時、助かりたいと願う人を必死に押しのけて、一番に救助船に乗り込むようなことをしたのだ。
自分だけが良ければそれでいいと。
これじゃ、砂場に石を入れてわたしを排除した部員たちや、
面白がって阿部くんと先生との噂を広めた人たちと同じではないか。
だから、今、こんなに自分のことが嫌になっているんだと思う。
「何でわたしたち、お互い2人で幸せになる方法、考えられないんだろうね」
自嘲気味にわたしがそう言うと、彼は無言になった。
わたしは静かに、スマホの終話マークを押した。
彼と先生はもう生徒と先生の関係ではない。
また2人が会うことができたら、次こそはお互いの思いがしっかり届くといいな、なんて。
そう思うことで、わたしが高崎駅で2人の再会の機会を奪ったのを無かったことにしたいだけかもしれない。
だけど、漠然と、みんなが幸せになったらいいな、とも思う。
わたしは、阿部くんも、先生も幸せになって欲しいのだ。
そのためにどうしたら良いかは、何となく分かっている。
でも、本当の幸せって何なんだろう。

