阿部くんの手がわたしの頬に触れる。
「どっちを助けるとかじゃなくて。おれはトシミが好きだよ」
吹きつける春風のせいで、その指は冷たい。
でもわたしも同様、温かい血が体に巡っていないように思えた。
「でも、今トシミの気持ちが分かんない。何が言いたいの」
「今言った通りだよ。せーちゃんも先生も幸せになって欲しい」
わたしがそう言うと、阿部くんは首をかしげ、困ったような顔になった。
奥二重の目は細められ、少し涙袋が浮かび上がっている。
「……トシミ、最近ちょっとおかしくない?」
阿部くんは少し眉間にしわを寄せながら、わたしをじっと見つめた。
「だったらせーちゃんは、どっちを選ぶの?」
胸がざわざわする。
こんなの阿部くんを困らせるだけなのに、止まらない。
ちょうど近くの信号が赤になったらしい。
4号線の道路は次々と車が詰まりながら止まっていく。
ごちゃまぜになった車たちのエンジン音が、わたしの鼓膜を鈍く振動させる。
「ちょっと落ち着こうよ。何か飲み物でもいる?」
そうだ。
核心にせまるといつも彼は話をはぐらかそうとする。
毎回恒例になりつつあるこの展開に、焦りと苛立ちが少しずつわたしの中に広がっていく。
「ねえ、答えてよ!」
わたしは思わず大声で詰め寄っていた。
阿部くんは奥二重の目を大きく開いてわたしを見た後、静かに視線を左下へ向けた。
何でこんな怖い言い方しちゃったんだろう、と不安が押し寄せたが――。
「……これ、考える意味、ある?」
彼の口から低い声が聞こえてきた。
一瞬で膝から崩れ落ちそうになるほど、それはわたしの体に冷たい鼓動を響かせた。
「そうだよね。ごめんね」
わたしは怖くてその表情を見ることができないまま、その場から急いで逃げた。

