もう3月も後半。
足元の雪はほぼとけている。
駐車場の隅に黒ずんだ雪が盛られているだけだった。
少しずつ日中の気温は上がっているけど、東北のこの町に桜の気配はまだない。
阿部くんは短めダッフルのポケットに手を突っ込み、色のない表情でグレーの空を見上げた。
わたしはパーカーの長い袖の中でぐっと拳を握りながら、道路を行き交う車を眺めていた。
「ずっとトシミに言おうか迷ってたんだけど。先月、温泉行った帰りね。おれ、高崎駅で先生のこと見た」
わたしの方を見ないまま、
阿部くんはいつも通りの淡々としたトーンで話し始めた。
「そ、そうなんだ」
わたしは初めて知ったように装った。
一気に口内と喉の水分が空っぽになった。
「でも、あ、先生だ、っていうくらいの感覚しかなくて」
「…………」
「おれ中学の頃、先生の人生めちゃくちゃにしちゃったのにね。なんか、自分が最低なやつだなって思った」
大きなダンプカーによる突風に包まれる。
髪の毛をなびかせながら、阿部くんは静かにわたしを見た。
「こんなおれといて、トシミは本当に幸せ?」
心にもやがかかったのは、わたしだけじゃなかったらしい。
阿部くんも、やっぱり先生のことを見てから、何らか心に変化があったのだ。
きっと迷いが生じているんだ。
だったら――。
わたしは表情が無いままの彼を見据え、口を開いた。

