僕の幸せは、星をめぐるように。


さくっとトイレを済まし、リビングに戻ろうとしたが――。


「いろいろ落ち着いたら戻ってきてもいいのよ。お父さんが編入できそうな高校いくつかあたってるから」


扉越しに聞こえたのは、阿部くん母の不自然に優しい声だった。


「……っ」


急に心が重くなる。

阿部くん家族は、彼に戻ってきてほしいと思っているんだ。


そりゃそうか。


高校生の男の子が親元を離れて暮らすなんて、かなりのレアケース。

うちの高校では部活のために県外から入学してくる人もいるけど、阿部くんはそれとは違う。


わたしは阿部くんと離れ離れになるなんて考えられない。

でも、それ以上に、彼の家族も彼のことを心配しているのだろう。


『親が気分転換にばーちゃんの家にでも行ったら? って提案してくれて』

『たぶん親も近所や保護者の人たちから噂されることに疲れたんだと思う』


イギリス海岸で阿部くんから聞いた話を思い出す。

親として、彼を家から追い出したことに引け目も感じているのかもしれない。


リビングはしーんと静まり返っているようで、ぐつぐつとすき焼きが煮える音だけが響いていた。


阿部くんはどう考えているんだろう。


不安と心配が入り混じった気持ちでいると、ゆっくりと彼の声が聞こえてきた。


「ううん。向こうにいったおかげで、大切な人と出会えたし、毎日すごく楽しいから。

ばーちゃんの手伝いも面白いし。

もし金銭的に難しいんだったら、もっとバイトするし。

だから……できることならあっちで高校卒業まで過ごさせてほしい」


それは、いつものように淡々としたトーン。

でも、彼の固い決意を表したような力強い言い方だった。


ああ、良かった……。


ほっとして、深くため息を吐いた。

わたしが、彼の毎日を引き続き楽しいものにしていきたいと思った。