川の方向から吹く風が、マフラーに巻き込まれたわたしの髪の毛を何本か外に解放していく。
阿部くんのほんの少し茶色い髪の毛もゆらりと揺れていた。
「阿部くん、泣いてたね。あの時」
そう言って、わたしは手を伸ばした。
彼の髪の毛が風で乱れないように、ゆっくりと頭のてっぺんから後頭部へ、冷たい手を滑らす。
ワックスで少しボリュームを出しつつ、髪の毛の流れを整えているようだったので、ふわっと指先でとかすように。
阿部くんはまっすぐを向いたまま、視線だけ右側――わたしの方へ寄せた。
そして、頭を触るわたしの手をつかみ、ゆっくりともとの位置に戻した。
その頃には阿部くんもわたしの方を向いていたため、近い距離で視線が合う。
わたしたちの手は、重なったまま。
2人分の熱を帯びるはずなのに、気温とともにそれはどんどん冷たくなっていく。
わたしはほんの少し、彼に顔を近づけてみた。
その表情は、変わらなかった。
阿部くんとの距離は全く縮まっていないのだろうか。
今の状態で、好きなんて言えるわけない。

