好きになっちゃダメなのに。


驚いた顔をした私と一瞬目があった速水くんは、緊張なんか全然していないようで、目の前のたくさんの生徒へとゆっくり視線を移した。

まさかひとりひとりと目を合わせようとしているのだろうか、とさえ思ってしまうくらいの余裕を感じる動作。

体育館の端から端まで視線を動かしたあと、速水くんはまっすぐに前を向いて、息を吸う。



「生徒会長に立候補しました、速水遥斗です」


呼吸してから声になるまで、いつもと同じテンポで出された声は、何の気負いも見えなかった。


────それなのに。


「……っ」


私の気のせいかもしれない。

贔屓目かもしれない。


……だけど私には、速水くんが声を出した瞬間。

体育館の空気が、変わったような気がした。


さっきまでだって、いつもの全校集会なんかよりずっと厳かな雰囲気があったけど。

一瞬で、さらにピンと澄んだ緊張感が体育館を貫いたような。

そんな感覚がした。


速水くんって、本当にすごい人だったんだ。

こんなに人を惹きつける力を持っていたんだ。


一緒にいたこの数週間だけで私、速水くんのことを知ったような気になっていたけど、まだまだ知らないところばかりだね。


────速水くんのスピーチが、まっすぐに耳に響く。

胸に届く。


練習したとおりの原稿。

だけど、いつの練習よりもずっと、気持ちの乗った声をしている。


たくさんの生徒の視線を集める堂々とした速水くんを、頼もしく、そして誇らしく思った。