「おはようございます。西條さん。昨日はよく眠れましたか?」


毎朝、爽やかにやってくる麻生先生。

回診の時間以外は関わることもほとんどないので、一週間経ってもあまり慣れない。


ただ、私は明るく振舞っている。


突然に両親を失くして、落ち込んでメソメソ泣いてるなんて。

そんなの、あまりにも筋書き通りだから。

ドラマにもならないよ―――


それに、私の元に毎日のように押しかける、報道陣やら警察官やら。

背中の傷は深くて、まだ痛むのに。



「よく眠れました。ねえ、先生!もう退院でいいでしょう?」


「まだですよ。背中の傷も治っていませんし、心臓の検査もしていません。外傷が、心臓にも影響を及ぼしているかもしれないって、」


「もうその話は何度も聞きました!大丈夫です、先生。ほら、この通りです。」



私は、えいやっと弾みを付けてベッドの上に半身を起こす。

先生は、慌てたように私を支える。



「ほら、無茶しちゃだめですって!傷が開いたらどうするんですか!」


「大丈夫だって……、」


「ほら言わんこっちゃない。気持ち悪くなったんでしょう?」



先生の言うとおりだった。

ずっとベッドに寝ていたのに、急に起きたから。

心臓がドキドキして、めまいがしてくる。


倒れそうになった私の体を支えて、麻生先生はそっとベッドに横たえてくれる。



「安静にしていることです。僕の言うことを聞いて。ごはんをちゃんと食べて。そうすれば、早く退院できますから。」


「……ハイ。」



私が早く退院したいのには訳があった。

私は、高校3年生。

今、長期欠席なんてしたら、進学はおろか、卒業も絶望的になる。

私は、どうしても就きたい仕事があるんだ。



「西條さん、また取材をしたいっていうテレビ局が来ています。追い返しましょうか?」


「いいえ。どうぞって言ってください。」


「そんな……。無理することないんですよ。」


「大丈夫です!」



嘘だ。

本当は、あの事件のことなんて、思い出したくもない。

言葉にして語るなんて、もってのほかだ。


こうして明るく振舞っているのも、すべて。

あの悪夢を忘れるためなのだから。

そして、両親を亡くした苦しみと、真正面から向き合うのを逃げているだけなのだから―――



「気分が悪くなったらナースコールですよ。」


「はい。」



麻生先生は、いつもそう言うけれど。

私は、だれにも助けを求めることはできない。

この胸が、どんなにつらく、苦しくても。



「さくらTVの河田と申します。この度は、ご両親のこと、お悔やみ申し上げます。」



聞き飽きたセリフに、思わず耳を覆いたくなる。

だって、私はまだ信じていない。

この世界から、あの大好きな両親が消えてしまっただなんて。

信じていない。

信じたくない。



心の叫びを誰に聞かせることもなく、私は淡々と取材に答えた。