「離して。私はもう好きじゃないから」
「そんなこと言うなよ。この前まであんなに泣きながら『別れたくない』ってすがってただろ」
「この前と今の私は違うから。……靖久とは違う、優しい人のことが好きだから」
そう言いきると私は彼の手を振り払い、少し距離をとった。
「……優しい人って、昨日一緒にいた男のことかよ」
彼方くんのこともきちんと見ていたらしい。最初は下手に出ていた靖久も、思い通りに私が揺らがないせいか苛立ったようにこちらを睨む。
「……関係ないでしょ」
「あれ、どう見ても学生か新卒かって感じだよなぁ。んなガキといくつ離れてると思ってんだよ」
当然、靖久から向けられる言葉は、莉緒たちよりも鋭く痛い。
「現実見ろよ。お前もう30だぞ?ガキに遊ばれてんだよ!結婚をエサにそのうち捨てられるだけだろ!!」
「なっ……!うるさいっ!靖久には関係ないっ……」
「七恵?」
その時、聞こえたのは再び名前を呼ぶ声。それは靖久の声とは違う、少し低く落ち着いたもの。
え……。
恐る恐る振り返ると、背後に立つのは驚いた顔でこちらを見る彼方くん。一瞬にしてその場の空気は張り詰める。



