「彼方くん……?人が、見てる」

「いいよ。気にしないで、抱き締めさせて」



まるでドラマや映画のような光景に、通る人々はこちらを見ながら歩いていく。

恥ずかしい。きっと彼方くんも恥ずかしくないわけではないんだと思う。だけど、それでも抱き締めて伝えてくれる。



「俺はまだ酒飲みながらの愚痴にも付き合えないからさ、こうしてでしか七恵を支えることは出来ない。でも、七恵が泣く時はこうしていくらでも抱きしめるから」

「彼方くん……」

「だから自分が年上だとか俺が年下だとか忘れて、いくらでも泣いていいから」



12歳も下の男の子。だけど彼方くんは、こんなにも大きくて頼り甲斐がある。力強く抱き締めて、泣ける居場所をくれる。

……優しい、なぁ。

腕の中で顔を上げると、彼方くんはこちらを見て涙で濡れた目元に小さくキスをした。



「ね、俺最低なこと言っていい?」

「へ?う、うん」

「俺さ、七恵が元彼にふられてよかったって思ってる」

「え?」



どういう、意味?

問いかけるように首を傾げると、その丸い瞳は少し化粧の滲んだ私の顔を映しそっと細められる。



「七恵があの人にふられたから、あの日俺は七恵と出会って、今一緒にここにいる。……七恵は傷付いたのに、俺は今幸せだって思ってる」



あの日があったから、今ふたりがここにいる。そう、思ったら。