「七恵?どうかした?」
隣で、彼方くんの声が響く。けれど私はその姿から目を離せない。
そう、だよね。靖久はもともとああいう人が好みで、だからこそ私みたいな人は、好きになれなかった。
分かっていたはずだけど、思い知る。
もう未練なんてないはずなのに、隣には彼方くんがいるのに、どうして。どうしてこんなに、悔しいの。
込み上げてくる涙を堪えるように拳をぎゅっと握ると、伸ばしている長い爪が手のひらに食い込むのを感じた。
「……七恵、」
その時、突然真っ暗になる視線。
目元を覆うのは彼方くんの左手で、彼はそのまま私に目隠しをするような形で、視界を塞ぎ歩き出す。
きっと、私の視線の先にいた姿に気付いたんだと思う。
「……あれ、元彼?」
「……う、うん。びっくりした、新しい彼女かな、美人だったねー」
目元を隠されたまま、彼方くんに導かれるがまま不安定に歩く。繕うように言うも私に、彼からは少しの無言。
お、怒っている?不機嫌?
デート中に元彼なんて見ていたら……まぁ、そりゃあ怒るよね?
「か、彼方くんごめんね、怒ってる?」
「ううん、別に」
「本当に?あのね、彼を見ちゃったのは別に未練とかじゃなくてね、」
自分でも上手くまとまらない言葉を精一杯伝えながら、その手を目元からほどく。
すると隣を歩くその顔は予想とは違う、穏やかな表情をしていた。



